言語はもちろん,法律や商習慣が異なる中国という異国の地で,日系ITベンダーは本当に頼りになるのか。北京,上海,大連,広州,香港などの主な都市には,大手日系ベンダーが拠点を設けている。ただ,日系の大手製造業をサポートする色合いが濃く,次々と進出する日系企業の要望に応え切れていないのが実情である。中国市場に切り込もうとしている日系企業は今,ベンダーの実力を慎重に見極めようとしている。

 象印マホービンもその1社。2007年春,上海,香港両拠点に新基幹系システムを導入するにあたって日系ベンダー数社から提案を募り,結果,TISに開発・運用を委託することを決めた。廣瀬洋史 経営企画部長はその理由を,「現地拠点での対応が適切であることと,日中間の組織連携が密であることが決め手だった」と明かす。

日中間連携に不安なベンダーも

写真1●中国の百貨店店頭に並ぶ象印マホービンの商品
写真1●中国の百貨店店頭に並ぶ
象印マホービンの商品

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 同社は,2003年8月に上海に販売会社を設立,中国市場に本格的に参入した(写真1)。当初はExcelなどを使って業務をこなしていたが,ビジネス規模が拡大したため,新たに基幹系システムを構築することを決めた。ベンダー選定で同社が重視したのは,運用体制である。「システム開発時はもちろんだが,運用フェーズに入ってからも労力とコストがかかる。情報システム専任者を置けない中国ともなれば,なおさら手厚い運用支援が必要だ」と廣瀬部長は説明する。

 廣瀬部長はあらかじめ現地の担当者に,拠点を持つ日系ベンダーとの関係作りをするよう指示。その上で,現地担当者が付き合いやすいベンダーを見極めさせた。さらに日本では,ベンダー各社に提案を募り,日本の担当者と中国の担当者がどのように連携するのかを示すよう求めた。

 「中国と日本の組織が全く連携しておらず,不安を感じるベンダーが少なくなかった」と廣瀬部長は打ち明ける。営業担当者やエンジニアが個別に中国拠点の担当者と連絡を取り合うだけで,組織的な連絡体制や情報共有が期待できないと判断した。また,現地に日本語で対応可能なエンジニアがいるかどうかを確認した。いざという時は,やはり日本語でやり取りする必要があるからだ。これらを考慮してTISを選んだという。

中堅・中小企業もターゲットに

 日系企業が情報システム投資を活発化する動きを受けて,ITベンダーも手を打ち始めている。NECは07年3月にSAPジャパンとパートナー契約を締結。中国と東南アジアにおけるERPパッケージ導入案件の要員を,2年間で200人から500人に増員することを決めた。NECフィールディングは06年12月に現地法人を100%子会社化し,日系企業向けのサポート・サービスを強化した。

 日立情報システムズも06年12月,現地パートナーである上海Covics社への出資率を高め,独SAP製品の導入サービスのターゲットを日系企業に絞った。日立製作所は,運用管理ツール「JP1」や中規模向け生産管理パッケージ「WEBSKY」を拡販している。JP1に関する技術資格者は06年秋に100人に達した。「特にJP1は,日本版SOX法(J-SOX)対応で導入企業が増えている」(日立信息系統(上海)公司 軟件事業開発部の林朋典 部長)。

 野村総合研究所(NRI)は07年5月中にも,米QADのERPパッケージ「MFG/PRO」をベースにしたアウトソーシング・サービスのメニューに,CRM(顧客情報管理)ソフトを追加する。富士通も,ERPパッケージを使ったサービスを計画中だ。ソフトブレーンは05年6月からCRMソフトのアウトソーシング・サービス「eセールスマネージャー」の中国語版を,日系企業向けに提供している。中堅・中小企業をターゲットにする大塚商会は06年8月から上海で,日系企業向けサービスを開始。07年内にも,北京,大連,広州などに拠点を拡大する。

写真2●iVision上海の田代浩司董事総経理
写真2●iVision上海の田代浩司董事総経理  [画像のクリックで拡大表示]

 インターネットを活用した事業も始まっている。中国でSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)を使ったマーケティングのコンサルティングを手掛けるのは,三菱商事の子会社であるiVIsion上海。田代浩司董事総経理は,「中国でのビジネス拡大に,ネットの力は不可欠になりつつある」と指摘する(写真2)。07年1月にユニチャームの現地法人と共同で,子育てに関するWebサイト「プレママタウン」を開設。すでに3万ユーザーを獲得したという。


腰が引けている日系ベンダー

 ただ各ベンダーとも,「拠点を増やし,サービスを拡大しても,どこまで収益が上がるか不透明」(ある日系ベンダー幹部)という不安がある。各社とも「日本並みのサービスを現地価格で」と声をそろえるが,まだまだ腰が引けている印象は否めず,日系ユーザー企業の後追いになる構図は変わらない。地域的にも,主要都市の中心地に集中している日系企業の拠点が広がり始めると,日系ベンダーの手が届かないケースが出てきそうだ。

 その点,一日の長があるのは外資系ベンダー。中国HPは,主要都市と中国内すべての省に41のオフィスを構える。中国IBMは22拠点である。ただしその人員は,HPは3000人強,IBMは8000人強と,日本の約半数しかない。実態としては,ハードウエアやソフトウエアの販売を手掛けるので手一杯のようだ。

 さらに,「中国の現地ベンダーも,日系企業のオフショア開発案件をこなして経験を積んでいる」(上海ファミリーマート公司の加計朗 経理)という声もある。広州本田汽車公司の大坪幹和IT科長は,「以前なら品質やコミュニケーションの問題で日系ベンダーを選択するケースもあったが,現在は中国のベンダーでも大きな差はない。中国人が使うシステムの開発を,わざわざ日系ベンダーに任せるメリットはない」と指摘する。

■追記
この連載は日経コンピュータ4/30号の特集記事「中国市場を切り開く」の取材結果などを参考に執筆しています。[2007/05/11 13:30]