「ソフトウエアのコモディティ化は避けられない。目指すべきはソフト製品とサービスのハイブリッド企業だ」。日米のソフトウエア産業を長年にわたり研究してきたマイケル・クスマノ氏は、こう主張する。日本のソフトウエア企業がハイブリッド企業に脱皮するには、品質と生産性のマネジメント、グローバルな視点でのリソース活用が必要と指摘する。(聞き手は桔梗原 富夫)

『ソフトウエア企業の競争戦略』という著書のなかで、「ソフトウエアのコモディティ化が進んでいる」と指摘していますね。ソフトウエア産業の現状をどう見ていますか。

写真●米マサチューセッツ工科大学 スローン経営大学院 特別教授 マイケル・クスマノ氏
写真●米マサチューセッツ工科大学 スローン経営大学院 特別教授 マイケル・クスマノ氏

 現在のソフトウエア産業は、新しい競争の局面を迎えていると言えるでしょう。最も大きいのは、売り上げ構造の変化です。ソフト製品の販売でどうやって儲けるか、ビジネス・モデルを確立するのがますます難しくなりつつあるのです。

 実際、多くのソフトウエア企業では、ソフト製品の売り上げが減少しています。代わって伸びているのが、コンサルティングや保守といったサービス事業です。ビジネスの特性上、特に企業向けソフトの分野で、サービスの伸びが顕著です。ソフトウエアをサービスとして提供するSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス)の台頭は、その象徴でしょう。

 もちろん、ソフト製品の種類によって違いはあります。OSとかデータベースといったソフトのメーカーは、まだサービスよりも製品ビジネスが強い。一方、業務アプリケーションは、サービスの比率が比較的高い。ビジネス・インテリジェンスやネットワーク関連のソフトは、半々といったところです。ただ、全体としてサービスの比率は高まっています。

そういった構造変化は、今も続いているのでしょうか。

 その通りです。『ソフトウエア企業の競争戦略』にも書きましたが、本書を発行した後(本誌注:発行は2004年)、さらにその傾向を詳しく分析してみました。

ソフトとサービスの売り上げが逆転

 米国で「ソフトウエア(PrePackaged Software)関連サービス業」と分類される企業、485社を対象に調べてみたところ、上場してから平均24年で、ソフト製品の売り上げとサービス関連の売り上げが交差し、以後はサービスの売り上げのほうが上回っていることが分かりました。暦年で見ても、2002年にソフト製品とサービスの売り上げが均衡して以降、半々ぐらいで推移しています。売り上げ構造の変化によって、ソフト製品を開発・販売する企業が苦しい時代を迎えていることは間違いありません。

 もっとも、こうした構造変化は昨日や今日に始まったことではありません。12年前、Windows 95が登場してインターネット時代が始まってから、長い時間を経て起きている現象です。

 ソフトウエアのコモディティ化が永続的な現象かどうか、今はまだ分かりませんが、ソフト製品が価格下落の圧力にさらされていることは確かです。もしかすると、将来的にソフトウエアの製品ビジネスは完全になくなってしまうかもしれない。そんな心配すらしています。

ユーザーからすると、ソフトの価格が下がっていくのはうれしいのでは?

 短期的にはそうかもしれませんが、長期的にはどうでしょうか。仮に完全にソフトウエアが無料になれば、ソフトウエア企業は新しいソフトを研究・開発するインセンティブがなくなってしまう。ビジネス・モデルが確立できなければ、製品開発に投資する動機がなくなるのは当然でしょう。ソフトウエアの革新がなくなれば、結局はユーザー企業にとっても不利益となります。

 ソフトウエアの価格や価値の下落は、ソフトウエア産業以外にも影響を及ぼすでしょう。というのも、現在では自動車、家電、通信機器など、さまざまな工業製品がソフトウエアの機能に依存しているからです。

「ハイブリッド企業」が理想型

ソフトのコモディティ化を避けるには、どうすればよいのでしょうか。

 難しい問題で、簡単な解決策はありません。1つの結論は、ソフトとサービスの「ハイブリッド企業」になることです。サービスはソフト製品と違って、コモディティ化や不正コピーのリスクが少ない。特定顧客のニーズにフォーカスして、その解決策を提供するものだからです。

 しかもサービス事業は、顧客と継続的な関係を築くことができます。ソフト製品が規模の経済に基づくのに対して、サービスは特定の顧客と深く付き合う「範囲の経済」が成り立つのです。

 ベストセラーとなるソフト製品、それこそマイクロソフトの「Windows」や米アドビシステムズの「Photoshop」のようなソフト製品を開発できれば、あとは本を印刷するようにそれを複製して利益を上げることができます。しかし、それが可能なのは一握りの企業だけです。今のIT業界でソフトの「印刷業」を営むのが可能なのは、マイクロソフトくらいでしょう。

ハイブリッド企業を目指す上で大切なことは何でしょうか。

 サービスの内容や運用手段を、可能な限り標準化・自動化することです。そうすればサービスの「範囲の経済」と同時に、「印刷業」のようなソフト製品ビジネスが持つ「規模の経済」のメリットを受けられるからです。これはサービスの革新と言えるでしょう。

 米セールスフォース・ドットコムは、これを実践しています。同社は自動化したCRMソフトをSaaSで提供すると同時に、売り上げの3割ほどを、サポートやカスタマイズ、トレーニングといったサービスから得ています。マイクロソフトも、同様のモデルを狙っています。こういうやり方は、日本企業にもできるはずです。

日本のITベンダーはどうでしょうか。富士通や日立製作所、NECは、カスタム・ソフトを開発して、顧客を囲い込むビジネスを続けてきました。

 そうですね。確かに、昔からやっています。そういったカスタム・オーダーのソフトを開発するサービスや、再利用可能なソフトウエア・コンポーネントを活用したセミ・カスタムのソフトを開発するサービスも、ハイブリッド企業の重要な要素ですよ。こうしたサービスに関する日本企業の経験は、大きな強みだと思います。

ただ、日本のITベンダーのソフト・サービス事業の売上高営業利益率は5%前後にとどまっています。