中国に進出した日系企業がもっとも悩んでいるのが,情報システムを開発・運用するための人材を,十分に確保できないことだ。「情報システム担当者の離職率は,年間30%程度といわれている。つまり,1年間で3人に1人が辞めてしまう」と,NEC新息系統(中国)公司の中丸信和副総裁は指摘する。
現地に頼らず,日本から遠隔で運用支援
「現地にIT専任の担当者を置くのは難しい。人事や会計などがわかるというだけでも中国ではエリート。高給取りで離職率も高い。ましてやITに詳しい人材となると,確保するのはさらに困難だ」。中国の広東省に工場を設けている,トヨテックの小野喜明社長はこう打ち明ける(写真1)。同社は,日中間をIP-VPNで結び,中国工場内のクライアント・パソコンを,日本で管理することにした。現地では,パソコンに詳しい工員が,パソコンの不具合などに対処するだけである。
写真1●中国広東省にある,トヨテックの工場 |
このようにIT人材について悩む日系企業は多い。香港や上海に拠点を持つ,象印マホービンの廣瀬洋史経営企画部長は,「グループ会社を含めてITコストを抑えるためには,IT専任者を置くのは難しい」と言い切る。同社は販売強化のため2003年8月に販売会社である,上海象印家用電器公司を設立した。現在基幹系システムを刷新しているが,情報システム担当者を現地には置かず,その分ベンダーによるサポート体制を手厚くすることにした。流動的な現地のIT人材によるリスクを軽減する狙いである。
情報システム担当者は高給取り
よい条件を求めて転職を繰り返す中国人は多い。上海にある日系メーカーの幹部は,「日本に連れて行ってシステム開発や運用のノウハウを教え込んだのに,帰国したとたんに退職してしまった。可愛がっていただけに裏切られた気持ちだ」と,残念そうにぼやく。
特に製造業の多くが拠点としている工場は市街から離れていることが多く,敬遠されがちだ。比較的学歴が低い工員と,高学歴な情報システム担当者との間で,大きな賃金格差を付けることも難しい。よい条件で声がかかれば,中心地の企業に移ってしまう。
そのような状況では,情報システムに関するスキルを十分に身につけられないため,人材にばらつきがある。ブラザー工業IT戦略推進部の鬼頭伸通部長は,「複数ある中国の拠点で,どこでも十分なIT人材を確保できるわけではない。運用上不安がある拠点については,日本から遠隔で支援する」と,同社の方針を説明する。
ただ,「大きなスキルアップが見込めない,故障対応のような仕事ばかりを任されれば,他の企業でチャンスを見つけたいと考えるのは無理もない。日本人でも同じだ」(アルプス(中国)公司 信息系統部の松田務部長)と指摘する声もあがっている。
「昇進を阻む見えない天井がある」
「日系企業では,いくら能力が高くても中国人はそれに見合ったポジションと給与をもらえない。それに不満を抱くIT人材が多い」。こう指摘するのは,大連ビートック信息技術公司の駱承偉CTO(最高技術責任者)である(写真2中央)。ビートックは,中国人技術者を約150人抱え,日系企業のシステム構築案件を手掛けている。「IT人材が不足しているのは事実。倍の給料で引き抜かれる,というケースは珍しくなくなっている」という。
写真2●日系企業向けのシステム構築サービスを手掛けるビートック |
IT人材に悩んでいるのは,中国企業や,欧米資本の企業も同じなのだという。「ただ,能力さえあれば,責任あるポジションに就くことができる。それに比べて,日系企業は昇進でのチャンスが少ない。見えない天井がある」(駱CTO)。
駱CTOの元で働く,開発一部の汪貴盛部長(写真2左)と曽元抜ネットワークエンジニア(写真2右)にも,引き抜きの誘いは絶えないという。
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