日経コンピュータ2005年2月7日号の記事をそのまま掲載しています。執筆時の情報に基づいており現在は状況が若干変わっていますが、BCP策定を考える企業にとって有益な情報であることは変わりません。最新状況は本サイトで更新していく予定です。

 森林総合研究所が新潟県十日町市に設置している測候所注5)は、中越地震の被災後、建物へ入れないためにシステムの復旧が遅れてしまった。建物が倒壊したのではない。建物の安全検査に時間がかかったからだ。

損害把握:建物に入れずシステムに触れない

写真2●新潟県中越地震では損壊により入館できなくなる家屋やビルが頻出
写真2●新潟県中越地震では損壊により入館できなくなる家屋やビルが頻出
赤の張り紙だと入館するのは危険、黄色は注意が必要、緑であれば入館できた
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 十日町市や小千谷市などでは、建物に倒壊の危険がないかを調べるために自治体の担当者が被災地を回った。安全度合いを調べ、その結果を建物の入り口などに張り出す(写真2)。この検査が終わるまでは、社員に入館を強制できない。被災から1週間後の取材で研究所の担当者は、「検査は、一般の住宅が優先。こちらの安全確認はいつになるかわからない」とため息をついていた。建物に入れなければ、システムの復旧はおろか、状況の確認すらできないからである。

 拠点の被災に備え、建物を耐震構造にしたり、代替拠点を用意している企業は多い。しかし、それでも問題は起こり得る。

 まず、通常の防災マニュアルでは、建物が耐震構造か否かにかかわらず、大地震が起きた場合はいったん外へ避難すべし、となっている。建物を耐震構造にしても、運用業務や復旧作業ができるのは結局、建物の安全性を確認した後になる。

 代替拠点への切り替えが思い通りにいかなかった一社が、森永乳業である。同社は、中越地震で関連会社の工場や物流拠点が甚大な被害を受けた。災害対策に力を入れている同社は、各拠点に代替拠点を定めており、切り替え訓練まで実施していた。出荷システムはデータセンターで運用しているので、物流拠点を移しても、データセンター側の設定を変更するだけ。被災地では、パソコンを代替拠点のネットワークにつなぐだけで、システムが使える。ところが今回、問題が起きた。

 計画通り、震災の翌日には、被害を受けた長岡市の拠点の代替拠点を確保できた。だが、そこにはデータセンターにつなぐためのパソコンと通信回線がなかったのだ。他の拠点が使う代替拠点は、ほとんど社内の施設。訓練では社内LANに接続されたパソコンが使えた。しかし、たまたま長岡市の拠点は小規模で、他の社内拠点からも離れており、社外の物流拠点を使った。そのため、パソコンや通信回線があるかまでは、目が行き届かなかった。

避難してもシステムは止めない

 森永乳業は緊急対応として、現地支援のために本社から派遣する社員にPHSカードが付いたノート・パソコンを持たせ、それを代替拠点で使わせた。地震発生が土曜日だったため時間の余裕があり、月曜の営業再開になんとか間に合った。同社はこの教訓を生かし、必要な代替拠点には通信機能を備えたノート・パソコンを配備する。

写真3●建物から吊るした振り子の角度で倒壊の危険性を確認
写真3●建物から吊るした振り子の角度で倒壊の危険性を確認
INAXは災害時に入館できるかどうかを自分たちで判断できるように準備している
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 森林総合研究所が遭遇したような、建物の安全性を自分で確認できないという問題を解決する抜本的な策はないが、一つの方法として、INAXが採っている方法を紹介しよう。

 同社は建設会社と相談して、安全かどうかの自社基準を定めた。建物の危険性を判断するために用意したのが、写真3の「振り子」。振り子を使って建物の傾きを測定し、傾きが1000分の3以下、つまり10メートルの高さで横のずれが3センチ以下だと安全、とした注6)。坪井祐司執行役員 経営管理本部情報システム部長は、「この傾きは肉眼ではわからないレベル。つまり、目で見て傾いているとわかる建物には入ってはいけない」とアドバイスする注7)

 森永乳業は、データセンターに入れなくなる可能性を考慮した、別の対策を採っている。同社のデータセンターは阪神大震災にも耐えられる設計。大地震が起きてもシステムは無事だ。しかし他社同様、地震発生時には社員が避難して建物からいなくなる。そこで、「各業務システムをモバイル環境で運用できるようにし、遠隔運用するための専用ノート・パソコンを常備し、避難時に持ち出す体制を敷いている」(情報システム部の加藤昌彦アシスタントマネージャー)。


損害把握:システム担当者が出社できない

 小千谷市にあるソフトハウスの社員は、「開発担当者が何人も出社できず、請け負っているソフト開発が納期に間に合いそうもない」と漏らす。「システムは無事だが、従業員が3分の1しか出社できず、人手不足で業務がままならない」(自動車販売業)という話を、小千谷市や長岡市の各所で聞いた注8)

 災害時に普段の担当者がいないとシステム運用がどうなるかを実際にテストした企業がある。横河電機は2003年12月31日と翌1月1日、普段担当していない人が緊急時用マニュアルだけでシステムを運用できるかどうかを試した。結果は、トラブルが続出。今川克巳経営管理本部業務品質センター業務システム部長は、「マニュアルの誤字が原因で、業務がストップしてしまうことすらあった」と打ち明ける。

 運用のために起動する数多いプログラムのうちの一つの名前が、マニュアルに間違って記載されていたのである。マニュアルに従って起動しようにも、そのプログラムが存在しない。普段操作している担当者なら、その場で正しいファイル名に気付くが、そうでない担当者には正しいプログラムが全くわからない。本番でこの問題が起きていたら、そのプログラムは、担当者が出社するまで実行できないままだ。

 繰り返すが、横河電機が運用テストを実施したのは災害時に担当者が出社できないという事態が起こり得るからである。災害対策を実施している企業は、当然そういった事態を想定した作業マニュアルを作っているだろう。だが、いざという時に役立たせるためには、横河電機のようにマニュアルの不備を事前に検証しておくことが肝要だ。

---------目 次-----------------------------------------------------
【総論】その災害対策は機能しない 
【現場】復旧の前段階で立ち往生、被災地で続出した誤算
(1)避難・安否確認:社員と連絡が取れない 
(2)損害把握:建物に入れない、担当者が出社できない 
(3)システム復旧:サーバーは無事でも停電で使えず 
(4)業務再開:サーバー室が温度上昇、被災なしも要対処 
【備え】リスク分析とテストで投資対効果を高める
(1)業務の重要性を明らかにしたうえで災害リスクを分析 
(2)テストを行って改善をし続ける