被災地では“想定外”のトラブルが多発する。中越地震においては、災害対策に力を入れていたにもかかわらず、思わぬ問題に足をすくわれた企業が少なくなかった。実際の災害で起きる事象は、遭遇してみなければわからない。現場では何が起き、どうやって対処できたのか。そこでの経験知を、自社の災害対策に生かしたい。

日経コンピュータ2005年2月7日号の記事をそのまま掲載しています。執筆時の情報に基づいており現在は状況が若干変わっていますが、BCP策定を考える企業にとって有益な情報であることは変わりません。最新状況は本サイトで更新していく予定です。

 総論で示したように、被災から復旧までの流れは、避難・安否確認、損害把握、システム復旧、業務再開――に分けられる。システム部門はシステム復旧以降を重視しがちだが、被災した企業の多くは、その前段階、社員の安全確保や損害把握で立ち往生した。それぞれの段階で起こり得るリスクを考慮した災害対策が必要だ。

 以下では、過去の災害で発生した事象のうち、どの企業でも遭遇し得る六つの問題やその対策を紹介する。避難・安否確認では「社員と連絡が取れない」期間が想像以上に長くなり、次の動作に入れない。損害把握で「建物に入れない」、「社員が出社できない」といった問題が起きて復旧が遅れる。システム復旧の際に「サーバーが無事でもシステムが動かない」ケースがあり、「稼働環境の維持が困難」になったり「他システムへの影響が発生」し、業務を再開できない。

避難・安否確認:社員と連絡が取れない

 長岡市に支店がある卸売業者のシステム部長は、「(中越地震から2日後の)月曜日になって社員が出社してやっと、皆と連絡が取れた。そこで初めて、支店のシステムが損害を受けていることを知った」と明かす。

 北越銀行は、連絡網を記載したカードを全社員に常備させていた。それでも、「システム部全員の安否確認に半日以上かかった」(小林洋一事務統括部副部長)。被災地の電話がつながりにくかったからだ。連絡網に携帯電話の番号だけを登録している人が多かったことも、想定外の問題を生んだ。土曜日で自宅にいて地震に遭い、家を飛び出す際に携帯電話を忘れて連絡が取れないケースが発生したのである注1)

 大成建設も1995年1月の阪神大震災の時、被災社員と、安否情報の収集を担当した社員の双方が混乱して救援が遅れるという苦い経験をした。連絡ルールが不十分で連絡先がわからない、何千人分もの安否情報を人手で整理していたために同じ社員に何度も確認をとる、といった事態が生じた。

 災害発生時、まずすべきは避難や安否確認といった社員の安全確保であることに異論はないだろう。ほとんどの企業が災害対策での最優先課題として挙げている。しかし、災害を経験していない企業は、安否確認の重要性を理解していても、それにかかる時間や手間を甘く見積もりがちだ。災害は平日の昼間に起こるとは限らない。被災地では電話が使えなかったり、回線が混雑したりして連絡がままならない。

 2001年9月の米国同時多発テロに遭遇したCSKの鈴木奏ニューヨーク駐在員事務所所長は、「当日は出社していた社員の安全を確保するだけで精一杯。その後は外に出ていた社員の安否確認に追われ、丸2日は業務再開どころではなかった」と述懐する。

携帯電話メールが安否確認に威力

写真1●大成建設の社員が常時携帯を義務付けられている緊急連絡用カード
写真1●大成建設の社員が常時携帯を義務付けられている緊急連絡用カード
被災地以外の拠点にある緊急連絡先に電話するほうがつながりやすいため、全国各地の連絡先を掲載している
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 では、企業はどういった対策を打てばいいのか。

 大成建設は現在、過去の経験を基に、連絡手段を複数用意している。全社員に配布した緊急連絡カードには、4種類の連絡方法と、連絡先として全国18カ所の本支店の電話番号を記載(写真1)。「被災地から離れた支店のほうが連絡しやすいケースもある」(森正勝社長室情報企画部課長)からだ。どこに連絡しても、社員番号と状況を伝えれば安否確認システムに代理入力してもらうことができる。

 2002年に再構築した安否確認システムでは、携帯電話のインターネット接続機能を使って安否の情報を登録できるようにした。社員は専用サイトにアクセスし、選択式で自分の状況を登録することが可能だ。

 社員からの登録を待つだけではない。安否が確認できていない社員に電話をかけて連絡を促すメッセージを流したり、メールを送信したりする。あらかじめ登録された情報を基に、安否が確認できるまで自動的に連絡を繰り返す。このシステムは翌年7月に起きた宮城県北部地震で威力を発揮した。震災発生が土曜日の午前7時という就業時間外だったにもかかわらず、震災発生から約2時間で221名、ほぼ半数の社員の安否を確認できたのだ(図2)。

図2●大成建設は2003年に起きた宮城県北部地震で安否確認システムを活用
図2●大成建設は2003年に起きた宮城県北部地震で安否確認システムを活用
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 ミツカンでも、中越地震の3週間前に稼働させたばかりの携帯電話を使った安否確認システムが役立った。営業担当者が新潟県に9人いたが、全員の無事を素早く確認できた。「使い慣れた携帯電話だったからか、皆、初めての操作でも全く問題なかった」(ミツカンビジテック注2)の情報システム部情報企画課田平浩樹課長)。

 中越地震で連絡手段として活躍したのが、この携帯電話メールである。固定電話や携帯電話がつながりにくかった被災直後でも、問題なく使えた。この情報を基に、北越銀行やINAXは、災害時の連絡手段として携帯電話メールを加えた注3)

 大成建設やミツカンの通報システムは、社員へ適切な指示を送るのにも使える。社員に送るメッセージの内容を変えれば、どのような行動をとるべきかを通達できるからだ。

 災害の現場では、正しい指示がないと社員が自己犠牲的な行動を起こしかねない。中越地震では倒壊寸前のビルに入り込んでサーバーを運び出したり、立ち入り禁止地域で保守業務を敢行した社員などが数多くいた。社員の安全を考えれば、こうした“決死隊”は、必ずしもほめられたものではない注4)。社員の生命に責任を持つためには、本当に機能する連絡・指示体制が必要である。

---------目 次-----------------------------------------------------
【総論】その災害対策は機能しない 
【現場】復旧の前段階で立ち往生、被災地で続出した誤算
(1)避難・安否確認:社員と連絡が取れない 
(2)損害把握:建物に入れない、担当者が出社できない 
(3)システム復旧:サーバーは無事でも停電で使えず 
(4)業務再開:サーバー室が温度上昇、被災なしも要対処 
【備え】リスク分析とテストで投資対効果を高める
(1)業務の重要性を明らかにしたうえで災害リスクを分析 
(2)テストを行って改善をし続ける