オービックは、名古屋市の大津鉄工から生産管理を中核とした基幹業務システムを受注した。競合相手はパッケージの優れた機能をアピールしたが、オービックは大津鉄工が最も重視していたサポート体制について強調したプレゼンテーションを行い、安心感を与えた。

 中堅・中小企業に新しいソリューションを提案する際に重要な点の1つとして、その中堅・中小企業がこれまでどんなシステムを導入してきたかなど、IT化の実績を踏まえておくことが挙げられます。多くのソリューションプロバイダは、「最新の技術や優れたパッケージを安価に提供すれば中堅・中小ユーザーを攻略できる」と考えているかもしれませんが、実際の商談となるとそれだけでは不十分です。

●企業概要
●企業概要

 確かに、相手のRFP(提案依頼書)を見ればシステムに求める要求はいろいろと書いてあります。要求を満たすための機能を決めれば、取りあえずソリューションを提案できるでしょう。しかしそれは表面的な部分であり、競合各社も同様な提案を行いますから、中堅・中小企業にとってソリューションプロバイダを選択する最後の決め手にはなりません。中堅・中小企業が本当に悩んでいる部分、ソリューションプロバイダを選択する最後の決め手となる点は、中堅・中小企業がこれまでどんなシステムを導入し、どこに失敗してきたか、ソリューションプロバイダに対してどんな不満を抱えてきたか、などに隠されているからです。

 今回、取り上げた名古屋市の大津鉄工がオービックを選択した理由の1つも、過去のシステム化に対する不満がありました。実際、パッケージの機能だけで比較すると、競合相手の方に軍配が上がったと大津鉄工は言います。しかし大津鉄工がシステム化に際して本当に望んでいた部分、すなわちサポート体制の充実度が決め手となり、今回はオービックが受注を獲得できました。

 本連載の第2回(7月30日号)で北光金属の事例を掲載しましたが、この場合も同様な面がありました。北光金属が過去のシステム化で得た教訓を、新規システム導入の際のソリューションプロバイダの選択に生かしたのです。

RFIDで生産進ちょくなどを把握

 大津鉄工は名古屋市にあり、建築用の金物やアンカーボルトと呼ぶ基礎用のボルト製品などを製造しています。製品は建築現場によって仕様が異なるため個別受注生産になっており、最近は厳しい短納期化も要求されています。そこで受注から製造、出荷といた生産進ちょくを正確に管理できる新システムを構築しようと計画しました。新システムでは従業員ごとの成果も把握できるようにして、従業員のモチベーションに報いる仕組みにしたいと考えていました。

 大津鉄工は以前からオフコンを導入していましたが、更新時期をきっかけにオフコンをやめて、新システムに切り替えたいと思っていました。当初は、このオフコンを導入したソリューションプロバイダに提案を依頼しましたが、満足できる回答を得られなかったので、取引銀行の紹介で名古屋ソフトウェアセンターに相談し、ITコーディネータといっしょにIT化計画を練ったのです。

 その結果、「RFID(無線ICタグ)を活用して製造工程を管理する」「業務プロセスの改善でコストダウンを図る」「製造工程の可視化によって急な注文にも対応できるようにする」「販売や生産、物流、財務など基幹業務を統合する」などの方針を立てました。RFIDにいち早く注目するなど、最新技術も活用しようとする意欲的なシステムでした。RFPを作成し、ソリューションプロバイダに提示したのは2004年7月です。

 大津鉄工のIT化責任者は田村龍治専務ですが、これまでのオフコンベンダーの対応には大きな不満を抱いていました。「何か相談したくてもなかなか対応してくれず、担当者も次々と代わってしまいました。いつもベンダーからの視点で話すため、技術など理解しにくい面もありました。もっとユーザー企業の立場で対応してほしかったですね」(田村専務)。

 以前、このベンダーの外注先である別のソフト会社に新規開発を依頼したところ、そのソフト会社が開発後に倒産してしまったというアクシデントにも見舞われました。そこで最初からもう一度開発しようとしましたがベンダーの担当者が代わり、新しい担当者が来ると今度は調査費の名目で、さらに別の支払いが発生したといいます。

 「もちろん、このベンダーにも優秀な担当者もいましたが、ユーザー企業に理解できない難しい技術論を振りかざすなど、自分勝手な人も少なくありませんで した」(田村専務)。こうした過去の経験があるため、大津鉄工は今回、ソリューションプロバイダの選択にはITコーディネータの力を借りるなど慎重な態度 で臨みました(1)。

図1●大津鉄工が新システムを導入するまでの商談の経緯
図1●大津鉄工が新システムを導入するまでの商談の経緯

プレゼンに責任者を同席させる

 名古屋ソフトウェアセンターで説明会を実施し、8社から提案書をもらいました。ITコーディネータの水口和美氏の協力で、各提案書を「経営基盤」「技術力」「パートナーとしての適正」「要求事項の充足度」「業務目標の適合度」など大きく17項目で5段階で評価しました。その結果、4社の提案書が残り、4社のプレゼンテーションによって、さらに2社に絞り込みました。

 「提案書では、RFPに記載されていた課題の1つひとつについて、当社のパッケージの機能でどこまでできるか、どこまでカスタマイズすべきかなど対応方法をていねいに書きました。RFPでは短期間の稼働を目指していましたが、それではできませんと正直に言いました」。オービックのマーケティング推進部システム支援グループの鈴木基之課長は、こう振り返ります。

 オフコンのときの経験から、田村専務が最も重視した点が、誰が責任を持って大津鉄工のシステムをサポートしてくれるのか、ということでした。実際、田村専務は「プレゼンテーションの時には必ずプロジェクトリーダーになる人が来てください」と伝えており、それだけ責任体制を重視していました。最終的にオービックを選択しましたが、決め手になった点もサポート体制の明確化にありました。

 オービックのプレゼンテーションでは、支店長を頂点として営業や開発、支援部門など今回のプロジェクト体制を図示しているページや、プロジェクトマネジャーの名前やこれまでの経歴を書いたページも入れていました(図2)。オービックのソリューションシステム部の森部昌明次長がプロジェクトマネジャーとしてプレゼンテーションに参加し、大津鉄工からの質問にも直接答えます。

図2●オービックが大津鉄工所に示した提案書(一部抜粋)
図2●オービックが大津鉄工所に示した提案書(一部抜粋)

 「オービックは4人でプレゼンテーションに参加しましたが、チームのコミュニケーションがうまく取れており、誰が責任者なのか明確でした。競合相手はプレゼンテーションに大勢で来ますが、こちらが質問しても誰が責任者かあいまいな印象でした」(田村専務)。

 オービックは建築用の金物やボルトの生産管理システムは初めてでした。しかし同業種の企業は関西方面に多く、まだIT化が遅れている業界でした。そのため大津鉄工の経験を生かせばソリューションを横展開できるでのは、といった思惑もあったようです。「プレゼンテーションのときの感触は五分五分でした。このときはデモの時間がなかったので、後日に必ずデモをさせてくださいとお願いして次回につなげました」(オービックの森部次長)。

遠方からのサポートに不安

 最後まで争ったもう1社の提案はパッケージの機能は優れていたものの、遠方のITベンダーが開発した製品をベースにしていました。何か問題が発生すれば遠方からわざわざ担当者を呼ぶ必要があったため、サポートがスムーズにいくかどうか最後まで不安だったそうです。「遠方から来てもらうとそれだけでもコストがかかりますし、どこまで対応してもらえるか未知数の部分もありました。もし名古屋のITベンダーだったら選択したかもしれませんが」と田村専務。

 新システムはオービックの「OBIC7ex」の生産情報パッケージを活用し、別会社のRFIDシステムと組み合わせたものです(図3)。RFIDのシステム部分では工場内で何度もテストを重ね、問題なく稼働するかどうかを検証しました。システムの先進性が認められ、今回の開発には助成金が得られました。開発費用全体では約8500万円でしたが、大津鉄工のIT投資は約7000万円で済みました。

図3●RFIDを使って受注ロットごとに生産進ちょくを管理したり従業員の実績を把握
図3●RFIDを使って受注ロットごとに生産進ちょくを管理したり従業員の実績を把握

 「新システムで業務プロセスが大きく変わります。従業員の教育など運用体制を固めることで、早く大きな成果に結び付けたいと考えています」(大津尚彦社長)。新システムは本社工場では2005年4月に稼働していますが、今後は各拠点にも拡大していく予定です。

 どんな中堅・中小企業もシステム化には二度と失敗したくないと思っています。実際、中堅・中小企業の多くはオフコンを中心としてシステムを構築してきました。しかし、高額の投資をしたにもかかわらず、オフコンを単なる“伝票発行”や”売り掛けや買い掛けの集計”程度しか使っていないことが多く、業務改善や情報活用まで活かしている企業は少ないのが現実です。しかも、ソリューションプロバイダの営業やSEの担当者は異動などで交替することも多く、その際にシステムの導入経緯や顧客の状況を十分に引き継いでいないこともあります。そのため適切なサポートができなかったり、クレームや要望事項への対応が遅くなったというケースも数多くあります。これからはサービスを受ける時間、信頼性、応答スピードなどの品質が求められます。そうした部分を考慮しないままでは信頼は得られません(図4)。中堅・中小企業の本当の悩みはRFPには書いてありません。

図4●今回の商談獲得のポイント
図4●今回の商談獲得のポイント

林 誠
戦略経営システム研究所代表
戦略経営システム研究所代表。中小企業診断士、ITコーディネータ。ITを徹底活用し、中堅中小企業のビジネスモデル構築、経営改革の支援に携わる。