1週間ほど前,筆者の自宅のパソコンに,契約しているISP(インターネット接続事業者)から1通のメールが届いた。送信元を見て「また,メンテナンスのお知らせかな」と早とちりして削除しようとしたが,メール・サービスを拡充するというお知らせだった。「スパム(迷惑メール)フィルタリングを無料にする」など,いくつか拡充項目が並んでいた。

 幸いなことに,筆者の個人用メールボックスにはそれほどスパムが来ないが,スパム・フィルタリングが無料というのはありがたい。世の中にはスパムが溢れかえっているので,もっと喜んでいる利用者はきっと多いはずだ。

 ここで,ふと思い出した。1年ほど前から,ISP業界を挙げてスパム対策に取り組んでいたはずだ。その成果はどうなったのだろうか――。

 ISP業界としてのスパム対策は,2006年2月に始まった。約30社の大手ISPなどで組織する業界団体JEAG(Japan Email Anti-Abuse Group)が推奨対策法を公表し,国内のISPに実施を呼びかけている。その対策の柱は,「Outbound Port 25 Blocking(OP25B)」と呼ばれるものだ。

 スパム業者は,契約したISPのメール・サーバーを経由せずに,標的とするドメインのメール・サーバーに大量のメールを直接送りつける方法をよく使う。スパム業者にとって,自分が契約したISPに「足がつかない」というメリットがあり,ユーザー認証に基づく流量制限などISPのスパム対策をかいくぐれるからだ。OP25Bは,ISP内のメール・サーバーを経由せずに直接外へ向かうポート25(メール送信時の標準ポート)の通信をブロックすることで,スパム業者が利用する主要なメール送信ルートを断つ。

 だが,中小合わせて数千社あるといわれるISPを相手に,この取り組みを徹底できるかどうか。当初から楽観論と悲観論があった。

 まず,楽観論の根拠はこうだ。スパムの送信元となったISPには,スパムの受信者から「こんなメールを送信させるな!」といったクレームが殺到する。そのクレーム処理にかかる人件費は,大手ISPだと年間1億円を超えることもあるという。このコストを削減するために,ISPはOP25Bなどのスパム対策を実施せざるを得なくなる。

 あるISPがスパム対策済みになると,そこで活動していたスパム業者は未対策のISPに流れていく。だが,そこでもまた「クレーム処理費が急増する→スパム対策を実施する」となる。この繰り返しで,ISP業界全体にスパム対策が浸透していくというのだ。

 次に悲観論はどうか。一番大きな懸念材料は,ISPの一部利用者にメーラーの設定変更を強いることだという。

 例えばISPの中には,大手ISPのインターネット接続サービスをOEMで利用しているケースがある。このようなISPの利用者は,大手ISPのネットワークを経由して,自分が契約しているISPのメール・サーバーにアクセスすることになる。だが,大手ISPがOP25Bを実施すると,通常のメール送信は大手ISPから外に出るときブロックされてしまう。

 この問題を回避するためにJEAGは,認証付きの「サブミッションポート587」というメール送信用の代替ポートを利用するように呼びかけている。この方法を使えば,利用者は従来通りのメール送受信ができる。一方,このポートはユーザー認証に基づいてメールの流量制限などをかけられるため,スパム業者は利用しづらい。

 技術的には何の問題もない対策だが,「利用者にメーラーの設定変更をお願いすることが難儀なんです」と,ISPのスパム対策担当者たちは話す。利用者への告知やサポートに多大な手間とコストがかかる。設定変更を何度お願いしても,一部の利用者が忘れたり,やり方が分からなかったりするという。だから「OP25Bは、簡単には普及しないのでは」というのが悲観論者の意見である。

 こうした楽観論,悲観論とも興味深いが,ふたを開けてみたらどうだったのか。それを判断するには,セキュリティ・ベンダーのソフォスが四半期ごとに公表している「スパム送信国ワースト12」が参考になる。JEAGがスパムへの推奨対策を公表したのと同時期の2006年1~3月では,全世界のスパム総数の23.1%が米国発だったという。これに中国,韓国が続き,日本はシェア2.0%で9位だった。

 2007年1~3月の同じ調査では,日本発スパムのシェアが1.3%まで下がり,「スパム送信国ワースト12」の“ランク外”となった。OP25Bをはじめとするスパム対策が功を奏したと考えていいだろう。1年間で,なかなかヤルではないか,日本のISP業界。

 もちろん,この取り組みは道半ばであるし,スパム業者もあれこれと新しい手口を考えてくるだろうから,今後もスパムを抑えていけるかは分からない。また,日本発のスパムが減っても,海外発のスパムが日本に届いている現状もなんとかしてほしいところだ。「スパム送信国ワースト12」によると,最近はポーランド経由のスパムが急増しているようだ。国内だけでなく,世界各国が協調してスパム対策を実施できたらいいな,と思う。