本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたプロジェクトマネジメントの本質は今でも変わりません。

プロジェクトマネジメントの基本的な体系は,経営者,実務者,技術者を問わず,だれにでも理解できる。プロジェクトマネジメント体系の中でよく利用される基本的な用語をあらかじめ覚えておくと,一層理解が早まる。今回は,「成果物」,「ステークホルダー」,「ライフサイクル」,「フェーズ」といった用語について解説する。さらに,プロジェクトを推進するための組織のタイプとそれぞれの特徴についても説明する。

伊藤 健太郎
アイシンク 代表取締役

 プロジェクトマネジメントに関する専門用語はたくさんある。その中でまず,意味を十分理解しておきたいものとして,「成果物」と「ステークホルダー」がある。「成果物」とは,プロジェクト活動で生み出される製品やサービスのことを意味する言葉である。「今回のプロジェクトの成果物は,××システムである」とか,「次回のプロジェクトの成果物は何ですか」といったように,いろいろなところで使用される。

 ここで,成果物の持つ意味合いが広いことに注意を払う必要がある。例えば,プロジェクトの計画段階で作成される企画書まで,「計画における成果物」ということもある。プロジェクトが完了した結果,顧客に提供される成果物については,特に区別するために「最終成果物」と呼ぶ場合もある。

 「ステークホルダー(stakeholder)」という言葉は,新聞や雑誌でも使用されることが多くなってきている。ステークホルダーは,プロジェクトマネジメントだけの専門用語というわけではないが,プロジェクトの推進中によく使用される。

利害関係者をまずリストアップする

 ステークホルダーとは,「利害関係者」を意味する。つまり,プロジェクトのステークホルダーとは,「プロジェクトによって影響を及ぼしたり,影響を受けたりする人や組織のこと」を指す。顧客(企業ないし担当者),スポンサー(企業ないし担当部門や担当者),プロジェクトマネジャ,プロジェクトチーム,といったように多くのステークホルダーがプロジェクトには存在する。例えば,「このプロジェクトの重要なステークホルダーであるA 社の佐藤部長の考えは○○○」とか,「今回のプロジェクトの重要なステークホルダーをリストアップしておこう」というように使う。

 ステークホルダーをどこまでの範囲でとらえるのかはプロジェクトチームがプロジェクトを遂行する上で重要な要素になる。したがって,プロジェクトチームとしては,どのようなステークホルダーが存在するのか,ステークホルダーとどのようなコミュニケーションをとったらよいのか,何か特別な対応は必要か,といった点をプロジェクトの初期段階で検討しておくことが欠かせない。

 ステークホルダーの検討が不十分なままだと,必要な人に必要な情報が伝わらないことになる。例えば,「この設計変更を頼むよ」と設計部の担当者に依頼すると,「プロジェクト状況の連絡が今まで全然なかったじゃないか。頼む時だけ言ってこられても,やる気がしない」と言われることになる。また,顧客から,「今度のプロジェクト担当者は必要なことを連絡してこない」と言われ,顧客満足度を下げる原因になる。

ライフサイクルを意識する

 プロジェクトの特徴の一つとして,「プロジェクトは,繰り返しでない1回限りの活動である」という点を前回指摘した。繰り返しでない1 回限りの活動ということは,生物の一生のように,初めから終わりまでのプロセス,すなわち「ライフサイクル」が存在する。

 したがって,プロジェクトを効果的にマネジメントしていくには,時間の進行に従って,プロジェクトという“生き物”がどのように変化していくかを考慮した上で対応することが必要になる。プロジェクトマネジメントは,プロジェクトを成功させるために存在する道具であり,知識である。その道具・知識を有効に使いこなすには,プロジェクトの時間的特徴の変化を考慮しなければならない。

 幼稚園児に微積分を教えても効果がないし,逆に高校生に足し算を教えても意味がない。プロジェクトにおいては,必要な時期に必要なことを行わなければならない。そんなことは当然と思われるかもしれないが,実際には時間経過に伴うプロジェクト特性の変化に対してあまり考慮していないことが多い。例えば,プロジェクトの準備段階にもかかわらず,綿密すぎるくらいに詳細な計画を立てたり,逆にプロジェクトの実施段階にもかかわらず,プランの見直しやレビューを行わないといったことが現実に起こっている。

 プロジェクトの時間的変化を理解するのにはライフサイクルの考え方が役立つ。図1に示すプロジェクトのライフサイクルを見てみよう。このプロジェクトは,構想段階から設計段階,製造段階を経て検査・引き渡し段階と四つに分かれた段階を経て,プロジェクトの終了に移行していく。この各段階を「フェーズ」と呼ぶ。

図1●プロジェクトにおけるフェーズの例
図1●プロジェクトにおけるフェーズの例

 「フェーズ」もプロジェクトマネジメントにおいて,よく使用される言葉である。プロジェクトのライフサイクルを考えることは,プロジェクトのフェーズとしてどんなものがあり,どのような順序で何を遂行するのかを考えることでもある。

 フェーズの分け方は過去の類似プロジェクトを参考にして決めることもできる。過去の類似プロジェクトに,計画,設計,製作,試運転のフェーズがあれば,過去の実施作業を調べておき,新しいプロジェクトに利用することができる。ただし,一見同じようでもプロジェクトごとの特性の違いや顧客の違いにより,フェーズの分け方や実際にすべき作業が変わる場合がある。プロジェクトチームは過去の情報は参考にしながらも,そのつど新規案件について綿密に検討することが必要である。