「顧客に課題を聞いても教えてくれない」「十分なヒアリングができないまま、提案するだけに陥っている」「ヒアリングで肝心なことを聞き漏らしてしまう」「顧客のリクエストに応えているのに、提案に魅力がないと言われてしまう」――。このような悩みを抱えた営業パーソンのために、現場で使える「ニーズ把握の道具」をご紹介しましょう。

 ソリューション営業のプロセスでは、顧客とのリレーション構築の次は、「ニーズ把握」のプロセスです(図1)。顧客との十分なリレーションができていることが、ニーズ把握の前提になります。営業の現場では顧客との良好な関係ができていないということも少なくありませんが、顧客とのリレーションがある程度構築できているという前提で、話を進めることにします。

図1●ソリューション営業の6つのプロセス
図1●ソリューション営業の6つのプロセス

ニーズ把握にはヒアリングと課題形成

 ニーズ把握プロセスで営業パーソンが担う中心的な役割は、ヒアリングと顧客の課題形成です。その役割を果たすために、営業パーソンは“ヒアリングの道具”と“課題形成の道具”を使いこなす必要があります。

◆ヒアリングの道具1:ダミー提案

 顧客に対する提案といえば、顧客のニーズや課題を踏まえたソリューション提案をイメージすることでしょう。しかし、ここでいうダミー提案とは、顧客のニーズや課題などの実態を踏まえた提案ではなくて、仮説に基づいた提案のことを指しています。しかも、提案する目的は顧客の課題解決にあるのではなくて、課題を把握するために行う提案なのです。

 顧客とのリレーションが十分に構築できていない場合はもちろんのこと、良好な関係ができている場合でも、顧客が抱えている課題を営業パーソンに話してくれないことが少なくありません。課題や問題点を外部の人間に伝えることを躊躇していたり、顧客自身が問題として認識していなかったりすることもあるでしょう。そうした理由で、営業パーソンが顧客の課題を聞き出すことができない場合、ダミー提案は大きな効力を発揮することになります。

 ダミー提案の目的は、顧客の課題を探り出すことですから、提案内容が顧客の実態に合っているかどうかは問題ではありません。提案内容が実態に合っていないと言われたときに、顧客の実態や課題を聞き出すチャンスとして活用することがポイントです。「ウチの場合は事情が違うから…」と顧客に言われたら、「どのような点が違っているのでしょう?」などと営業パーソンが質問を繰り出し、実態をヒアリングするキッカケにするのです。

 ダミー提案の内容は、顧客の業界の他社事例を参考にしたものや、新製品の提案などが使いやすいでしょう。営業パーソンなら誰でも提案しているような内容ですが、ダミー提案として活用していることは少ないはずです。つまり、提案しても顧客の反応が良くなければ、見込みがないとあきらめてしまい、それをキッカケにしたヒアリングは、あまり行っていないのではないでしょうか。

◆ヒアリングの道具2:質問の技術

 ヒアリングにおける質問の基本は、拡大質問(オープンクエッション)が基本です。拡大質問とは、相手に自由な意見や感想などを述べてもらう質問形式だからです。ところが、顧客の中には口の重たい人がいるものです。営業パーソンがいくら質問しても、あまり積極的に答えてくれません。このタイプの顧客は、質問に答えたくないというよりも、話すことがあまり好きでないという人が多いようです。

 このような顧客に対しては、限定質問(クローズドクエッション)が有効です。限定質問とは、答えの選択肢を限定して質問する方法で、YESかNOかというように、選択式で相手が答えられるように質問するのです。顧客は答えを選ぶだけでよいわけですから、あまり負担を掛けずに質問に答えることができます。

 限定質問をするときには、YESという回答を得られる質問から始めることがコツです。その後の質問も、YESを引き出すように工夫することにより、ヒアリングに対する顧客の姿勢をポジティブに誘導することが可能になります。そのためには、「エンドユーザーから、○×という要望はありませんか?」という質問形式ではなく、「エンドユーザーから、○×という要望がありそうですよね?」というように、語尾を意識的に「か」から「ね」に変えるとよいでしょう。「ね」という語尾には、同意を求める意味が含まれていますから、YESという回答が得られやすくなるのです。

 ところで、筆者が営業パーソンに対してヒアリング研修を実施する度に感じるのは、質問に対する準備不足です。営業経験の浅い営業パーソン、新人の営業パーソンは、何を質問すればいいのかすら、分かっていません。そんなわけですから、事前に質問事項を準備するのは必須条件としても、それでもヒアリングの場面になると聞き漏らしが出てきます。

 ヒアリングで聞き漏らしを防止するには、連鎖質問が効力を発揮します。連鎖質問とは5W1Hで質問を展開するという方法です。ある事実(What)を顧客から聞き出したときに、「いつ(When)のことですか」「それをしたのは、どなた(Who)ですか」「どこで(Where)起こったのですか」「それは、なぜ(why)ですか」「それは、どのように(How-to)したのですか」というように、連鎖的に質問を展開するのです。連鎖質問を活用すれば、自然な会話のなかで重要なポイントを質問することができるようになります(図2)。

図2●様々な質問の組み合わせで課題を聞き出す
図2●様々な質問の組み合わせで課題を聞き出す

 営業という仕事柄、「どのくらいの予算(How-much)ですか」「それは、どのくらい(How-many)起こったのですか」という2Hも聞いておきましょう。

 何を聞いていいか分からない新人営業パーソンと違い、ベテランになればなるほど質問すべきことは明らかだと錯覚している人が少なくありません。実際にヒアリング演習をしてみると、ベテラン営業パーソンには特有な質問のクセがあることが分かります。ベテラン営業パーソンのクセとは、提案商品を前提とした質問ばかりをするということです。

 ベテラン営業パーソンは、とても要領よく質問を繰り出してきます。現状のシステムはどのようになっているのか、お困りの点やご要望はないかなど、細部にわたって次々に聞き取っていくのです。ところが、システムに関連した業務や問題点などは質問するのに、関係がないと営業パーソンが判断した課題については、1つも質問しないのです。

 ヒアリング演習では、我慢しきれなくなったお客さま役の私は、システムとは関連性のない問題を営業パーソンに投げかけます。ところが、営業パーソンは聞いている振りをするだけで、それ以上の質問をしてくれません。「それは、私には関係ありませんから…」という無言のメッセージが聞こえてきそうです。顧客の問題や課題を聞くことも、見ることもしないのであれば、自分の都合だけを顧客に押しつけている「モノ売り」にすぎません。少しでも顧客の役に立つソリューションを提供しようと考え、顧客に対する提供領域を広げようと、商品にとらわれない課題質問をするのがソリューション営業の役割なのです。

◆ヒアリングの道具3:観察の技術

 ヒアリングというと、話を聞くことだと思っている営業パーソンが多いかもしれません。確かにその通りなのですが、顧客の心の声は、言葉よりも動作に表れます。顧客が話している言葉と、態度や表情が違っている場合には、言葉よりも態度の方が真実を表していることが多いものです。

 観察の基本は、目をカメラにしてすべてを記憶しておくことです。顧客の表情ばかりではなくて、事務所内の張り出しものもしっかりとカメラに収めておくことが大切です。会社の方針や目標、課題などが張り出されていることがあります。つまり、ソリューション提案のゴールが示されていることもあるのです。経営トップ層が認識している課題が表現されていることも多く、ヒアリングの際の好材料になるはずです。

課題形成で顧客の真の課題に迫る

 ヒアリングによって情報を収集したならば、次のステップは顧客の問題点や解決すべき課題を明らかにすることです。このステップのポイントは、顧客が要望している内容や表面的な問題点ばかりに目を向けるのではなく、顧客の真の問題や解決すべき課題に焦点を合わせることにあります。顧客から出されたRFP(提案依頼書)を単に満たすだけの提案では、コンペに勝ち残るだけの魅力的な提案にはなりません。他社よりも魅力的な提案をするためには、解決する課題自体を魅力的なものにフォーカスする必要があるのです。

課題形成の道具1:SWOT分析

 顧客にとって価値のある提案をするためには、解決する価値の大きな課題にフォーカスすることが重要です。具体的に言うならば、経営課題に近いテーマを課題に取り上げるほど、顧客の経営トップ層の評価は高まるということです。ヒアリングによって得られた情報は、顧客の実態に即したミクロ課題が多く含まれています。従って、ミクロな視点から課題を整理することはできても、経営全体をとらえたマクロ的な視点が不足する可能性が高いのです。

 そこで、顧客のSWOT分析をすることにより、マクロ的な視点から顧客の課題を整理して、経営課題を踏まえたソリューション課題を選定することが重要になります。SWOT分析とは、顧客の強み(Strength)と弱み(Weakness)、外部環境の機会(Opportunity)と脅威(Threat)を分析する手法です。紙面の都合上、詳細な説明は割愛させていただきますが、SWOT分析の考え方を図3に示しておくことにします。

図3●SWOT分析の概要
図3●SWOT分析の概要

課題形成の道具2:問題構造化ダイヤグラム

 ヒアリングで得た顧客の問題点や、SWOT分析などから導き出した問題点や課題を構造化する手法として、問題構造化ダイヤグラムを活用するとよいでしょう(図4)。問題構造化ダイヤグラムは、顧客の問題点を列挙しながら、挙げた問題点の原因と結果の関係を図で示すことにより、問題点の因果関係を分析しながら真の問題点を追求することができるのです。

図4●問題構造化ダイヤグラムの一例
図4●問題構造化ダイヤグラムの一例
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 ソリューション営業において顧客の問題点を追求するためには、「なぜなぜ思考」は欠かせない思考回路です。「なぜ、そのような現象が起こったのか」「それ以外にも問題の原因はないのか」と繰り返していくうちに、本当に解決しなければならない問題点が見えてくるのです。

●ニーズ把握の道具
●ニーズ把握の道具

 因果関係を分析することは、顧客へのプレゼンテーションをする際にとても有効です。論理的に問題点を説明することができる上、ビジュアルな表現ができることも大きなポイントになるでしょう。

川島 章司
日本コンサルタントグループ 経営コンサルタント
ソリューション営業の強化をテーマにしたコンサルティングと共に、営業マネジャーや営業パーソン教育に従事する。日本コンサルタントグループの地方営業所長なども務め、ソリューション営業にも経験が豊富。著書に『ソリューション営業 成功の仕事術』。人気ブログ『ソリューション営業の道具箱』を運営。