本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

ITを経営に貢献するように使いこなす(マネージする)ために何よりも重要なのは,経営トップと情報システム部門の間のパイプを太くすることだ。まずは経営トップの信頼を得ることを考えるべきである。ITに無知な経営トップと,経営に関心の薄い情報システム部門というままでは話がかみ合わず,むだなシステムが作られるばかりだ。

 「テクノロジが大好き」,「ミクロ的な分析が得意」,「どちらかというと非社交的」,「問題が明確なら抜群の解決力を示す。だが,問題があいまいだと力を発揮しきれない」――。証券会社の情報システム部門に長年勤めた経験がある阪南大学経営情報学部の玉置彰宏教授は,情報システム部門で働く,30歳代後半以上のスタッフには,「こうしたタイプの技術者が多い」と分析する。

 この分析通りだとすると,情報システム部門にとって,経営トップとのコミュニケーションはもっとも苦手なことの一つだろう。何しろ,経営トップと技術者肌の情報システム部門は,ボキャブラリも発想法も興味もまったく違う。しかし,両者の間のギャップをそのままにしていては,経営に貢献するようITを使いこなす(マネージする)ことは絶対にできない。

 ギャップを埋める基本は,経営者から情報システム部門に対する十分な信頼を勝ち得ることだ。経営トップに理解しやすいようにプレゼンテーションを工夫することももちろん大切だ。だが,「結局のところ,人間関係や信頼関係がしっかりしていなければ,十分に意図は伝わらない」。阪南大学の玉置教授は,証券会社時代に情報システム担当役員が入れ替わった直後の苦労を踏まえてこう語る。

 経営トップとの間で信頼関係を築くには,どうすればいいのだろうか。今回はこのテーマでユーザー企業のシステム企画担当者に取材した。その結果わかったのは,経営トップが一番求めているのは,「一種の安心感」ということだ。

 経営者のほとんどにとって情報システムはいまだにブラック・ボックスである。なぜこれほど金や人が必要なのか,競合他社と比べてシステムは劣っていないのか,経営者は不安で仕方がない。経営トップはITの中味を理解できないだけに,「情報システム部門が新しいシステムを提案してきたが,この提案内容で本当に大丈夫なのだろうか」という漠然とした不安感が常にある。

 安心感を与えるために王道はない。システム企画の過程をキチンと説明したり,情報システム部門の実績を何らかの形でアピールするといった地道な努力を重ねることだ。これまでの情報システム部門に非があるとすれば,経営者の不安を取り除くような情報提供をあまりしてこなかったことだろう。極端な場合,自社の情報システムの現状を知られたくないために,専門用語を振り回して経営トップを煙に巻いてきた情報システム部門もあったかもしれない。

 経営トップと信頼関係を築く,という情報システム部門に突き付けられた難問に対して,多くの企業はまだまだ手探りの状態にある。それでも一部の企業は,経営トップとの対話を豊かにするため,さまざまな工夫を試みている。

経営トップに安心感を与える比較検討資料を提示する

 アメリカンファミリー生命保険は,基幹系システムの全面再構築の計画を立てる過程で経営トップが安心して意思決定できるような情報を提供し,経営トップとの対話を円滑に進めた。

 同社は98年1月から,契約管理システムの全面再構築に取り組んでいる。非常に戦略性の高いシステムであるため,経営トップの関心は高く,計画段階から慎重に検討を重ねてきた。プロジェクト・チームの結論は,2002年第2四半期までに順次,システムを自社開発することだった。

 しかし,プロジェクト・チームが経営トップに基本計画を提示してみると,経営トップは,「パッケージ・ソフトを使った代替案を作って欲しい。その上で複数の案を検討したい」と要請してきた。もともと基本計画を練る段階で,いくつかのパッケージ・ソフトについて十分に比較検討していた。だが経営トップへのプレゼンテーションの中では,その検討の経緯にまったく触れていなかった。

 さらに経営トップは,基本計画が失敗したときのためのコンティンジェンシ・プランや,ITコンサルタント会社に基本計画をレビューさせることも求めてきた。

 企画を担当した情報システム本部の佐取信彦副部長はそのとき,「なるほど,経営トップは安心して意思決定できるだけの材料を必要としているわけだ」と気が付いた。そこで基本計画の検討段階で落としたパッケージ・ソフトについて,「もしそれを使ったらどうなるか」という視点でメリット/デメリットを比較する資料を作成した。

 続いて開発途中のリスクを想定したコンティンジェンシ・プランを複数用意した。例えば,自社開発の途中でスケジュールが大幅に遅れるようなら,機能を絞ってパッケージ・ソフトを導入する,といったような内容である。

 外資系の大手ITコンサルタント会社に依頼し,米国から金融システムのエキスパートを派遣してもらった。このエキスパートが,利用するITやシステム構成の妥当性,技術・開発リスクの大きさ,コストの妥当性などの点について,細かくレビューした。この結果も,経営トップには伝えた。こうした取り組みをした上で,再び経営トップに計画を提示したところ,今度はゴー・サインが出た。

検討過程をしっかり伝える、正反対の結論でもトップは了承

 経営トップが安心して意思決定できる材料を示す,という点では,次のような例もある。合併や提携などの業界再編成が急速に進み,厳しい経営環境に置かれたある素材産業における話だ。

 この企業の情報システムは非常に古く,つぎはぎだらけで,運用や保守の効率が非常に悪くなっていた。経営トップは今後の厳しい経営環境を見据えて,対策を検討するよう,情報システム部門に指示した。

 しかし,この問題について情報システム部門が出した結論は,意外にも「何もしない」ことだった。業界再編が急速に進み,合併や業務提携によって情報システムにどういう影響があるのか予測できない状況では,金をかけて対策を打ってもムダになる可能性が高い,というのが理由だ。

 経営トップの意向とは正反対の結論であり,しかも後ろ向きの結論だと受け取られかねない内容だ。しかし,予想に反して,経営トップは情報システム部門の提案を受け入れた。その理由を,この検討作業にコンサルタントの1人として参画したカルナ コンサルティングの大山勝巳代表取締役はこう指摘する。

 「情報システム部門は,経営環境の変化を見ながらさまざまなシナリオを想定し,リスクを予測しながら評価した。こうした検討過程で出てきたいろいろな見方,意見を,経営トップに洗いざらい報告したのが良かったのではないか」と話す。

話がかみ合わないときは第3者の意見も添える

 経営トップと情報システム部門だけで話をするよりも,外部の専門家に参画してもらったほうが,コミュニケーションを円滑に進められる場合がある。阪南大学の玉置教授がインドネシアを訪問して,金融業界の西暦2000年問題に関する視察をしたとき,ジャカルタ証券取引所で起こっていた問題はその一例である。

 ジャカルタ証券取引所では,西暦2000年対策プロジェクトの担当ディレクタと情報システム部門のマネジャが対立していた。ITの専門家ではないディレクタは,「証券取引所のシステムが絶対に止まらないことを保証しろ」と強硬に迫っていた。これに対して情報システム部門のマネジャは,「取引所の外も含めて何が起こるかわからないので,絶対というのは保証し難い」と困り果てていた。

 このような現場にたまたま訪れた玉置教授はディレクタに対して,「電力がいつも通りに供給されるか,接続する公衆回線が正常に動作するかなど,不確実な要素がありすぎる。絶対に止まらないことを保証するのは不可能」とアドバイスした。

 これは情報システム部門も指摘できそうなことだ。それでも外部の専門家の意見として伝えたことで,それまで頑なだったディレクタは態度を軟化させ,要求を引っ込めたという。

 「実は証券会社にいたころ,難しい話を上司に提案するときにはITベンダーのマネージャを同席させ,説得の武器として積極的に利用していた。このときの経験が役に立った」と玉置教授は語る。