中堅・中小企業マーケットに対し、ソリューションプロバイダがどう提案すべきかを商談事例などを基に解説していく。東大阪市にある理容・美容院向け用品の総合卸、武田は全社的な業務改革に取り組んでいる。システム商談では13社の提案を制し、コベルコシステムが受注を獲得した。

 この連載では、中堅・中小企業のマーケットに対してソリューションプロバイダがどのように取り組むべきかを、実際の商談事例などを基に解説していきたいと思います。

 今回は、東大阪市にある理容・美容院向け用品の総合卸である武田の事例を取り上げます。売上高63億円(2005年1月期)で社員数は96人と、業界の中では大手卸に入る企業です。同社は約2年前から駒田健治社長や坂下健取締役(経理・総務担当)が中心となって、全社的な業務改革に取り組んでいます。ソリューションプロバイダの選定に当たっては、13社からの提案書を精査した結果、コベルコシステムが受注しました。武田の狙いとコベルコシステムの姿勢が合致した理由は、サービスに対する考え方にあったようです。

●企業概要
●企業概要

 武田では約20年前からオフコンを導入していましたが、経理や営業では欲しい管理帳票がすぐに得られないといった状況でした。しかも、化粧品や薬剤、ブラシやハサミなど約3万アイテムを扱い、少量・多頻度の発注が増えているため、正確な在庫管理も求められていました。あると思っていた商品が実際には倉庫になかった、となると顧客からクレームも発生します。きめ細かいサービスを重視してきた武田にとって、新しい業務スタイルが求められていました。

誰に聞けばよいか分からない

 そこで武田は、物流コンサルタントに相談したり、ITベンダーにもアドバイスを求めました(図1)。物流コンサルタントは自らの過去の経験を基に物流業務をアドバイスします。そのときの見積もり金額は数百万円でした。一方、ITベンダーに話を聞くと、「コンサルタントはシステム構築については面倒を見ないのでは」と言い、自社のパッケージ製品について熱心に説明してくれます。社内で製品デモまで行い、一部社員の気持ちも「これでいいのでは」と傾いたこともありました。それでも駒田社長には不安がよぎっていました。

図1●武田が新システムを導入するまでの商談の経緯
図1●武田が新システムを導入するまでの商談の経緯

 「コンサルタントもITベンダーの皆さんも、それぞれの立場で異なる意見を言ってくれますが、当社にはシステムの専門家がいないため、的確に判断できませんでした。周囲ではシステム化で失敗した事例も聞きますし、そうなると当社の顧客に大きな迷惑をかけてしまう。そこで第三者から見た評価基準が必要になると実感しました。ビルの建築でも設計士に頼むように、システム構築も外部の公正な目で判断してもらった方がよい。そのときITコーディネータという資格制度を知り、すぐに相談したのです」(駒田社長)。

 そこで中小企業基盤整備機構(当時は中小企業総合事業団)のIT推進アドバイザー派遣制度に申し込み、紹介された方が大阪市でITC Labo.を主催するITコーディネータの川端一輝氏でした。そして、ITベンダーを選定する際のアドバイスをお願いしたのです。

 しかし川端氏がまず着手したのは、武田の社内における経営課題を徹底的に分析することでした。現場のキーマンを参画させたプロジェクトチームを発足させて、メンバーには武田の長所や短所を紙に書いてもらうなど、いわゆるSWOT分析の手法で武田の現状を明確にしたのです。システム導入なのに、まず武田の経営課題を分析する作業から始まったので、駒田社長も意外だったそうです。「今まで話を聞いたコンサルタントもITベンダーも、自分たちの業務経験やパッケージ商品を示すだけで、当社の企業戦略とか経営課題の分析といった話は聞きませんでした」(駒田社長)。

 経営分析を進めていくと、在庫管理や損益管理、情報の共有、業務の標準化などの課題が浮かび上がってきました。そうして、次に達成したい目標を決め、具体的なアクションプランに整理し、システムの提案依頼書(RFP)の作成に結び付けたのです(図2)。RFPの主な内容は、(1)全社的業務再構築とIT活用、(2)在庫管理と社内物流システム整備、(3)情報共有化、(4)関係業界のEDI(電子データ交換)、SCM(サプライチェーン・マネジメント)への取り組み、などです。

図2●武田のRFPの内容とコベルコシステムの提案書の中身(一部抜粋)
図2●武田のRFPの内容とコベルコシステムの提案書の中身(一部抜粋)

 同時に社内の意識改革も進めました。武田にはベテラン社員が多く、システム導入となると抵抗が起きる場合もあります。そこで駒田社長がリーダーシップを発揮し、社内の意思統一を図ったのです。

13社からシステム提案を受ける

 ITベンダーの選定では、作成したRFPの内容を説明し、具体的なシステム提案をもらうというやり方にしました。2004年4月、RFPを基に武田の社内ホールで17社のITベンダーを集めて説明会を開催しました。ITベンダーからは1社2~3人が参加し、合計で約50人が集まるなど、熱心な姿勢が見られました。武田からは駒田社長、坂下取締役、川端氏などが出席し、RFPの具体的な内容を説明するなど2時間半に及びました。そして、2週間後を提案書の締め切りとしました。

 参加した17社のうち、実際には13社から提案書をもらい、プレゼンテーションを聞きました。プロジェクトメンバーは、評価シートで提案書の内容を精査していきます。「各社の提案書を見ると、見積もり価格が非常に高い提案だったり、セキュリティ関連ツールの説明ばかりを中心とした提案も出てくるなど、いろいろありました」(坂下取締役)。

 この評価シートは、情報化の目的や課題の認識度合、費用の適切性、実現可能性、その他20項目以上を5段階評価し、それに重み付けして得点を計算していきます。「実際、費用の適切性といった視点でも、評価するメンバーによって『5』とする人と『3』をつける人などばらつきがあります。しかし上位の点数を得た提案書の内容を見ると、それほど大きな差はなく、ばらつきや誤差の範囲、甲乙つけがたいという感じでした」(川端氏)。

 そして13社の提案書のうちから、点数が高い上位5社に絞り込みました。このときの1社がコベルコシステムでした。担当したのは、ソリューション事業部コンサルティング部の米田宗義基盤ソリューション担当次長です。「最初から上流工程まで担当するとなると時間と工数がかかって大変なので、パッケージありきで提案するかもしれませんが、今回はITコーディネータの参画もあり、上流工程の部分は既に終わっていました。そこで提案書では相手の要望を忠実に実現するようにしました」(米田次長)。

 提案書の書き方としては、次の点に工夫したそうです(図2)。例えば、「RFPにある経営戦略、CSF(主要成功要因)を的確に反映したシステム再構築内容とする」「RFPに添付されたあるべき姿のデータの流れを徹底的に分析して提案書に反映する」「業務システムの設計・開発だけでなく、インフラ面も充実させ信頼性の高いシステム内容とする」などです。

 米田次長によると、武田はRFPの説明会でも経営トップが積極的に参画していたため、IT投資を真剣に考えていると判断したそうです。コベルコシステムも2年程前から特に中堅・中小企業にターゲットを当てて取り組んでおり、営業を強化していました。武田の経営トップの姿から、システムを導入しやすい企業と感じたようです。とはいえ、この時点では上位3社以内には入っていたものの、コベルコシステムは必ずしも1位ではありませんでした。

値引きしない態度が信頼感を生む

 その後、武田は5社に何度も質問を重ね、さらに3社から2社、そして1社と絞り込んでいきました。この過程で評価した点は、主にITベンダーの企業規模や安定性・信頼性でした。サービスを重視してきた武田にとって、システムが止まると信頼が失われるからです。併せて、システムのインフラ面やセキュリティ対策などの項目でも評価し、あるITベンダーとコベルコシステムの2社が最終的に残りました。

 「しかし、もう一方のITベンダーが提案してきた内容は、複数のパッケージを使う形態になっていました。そうなると販売や在庫などマスターも別々になるため、リスクを感じます。一方でコベルコシステムは、まず物流の業務フローをきっちりと押さえていくという姿勢があり、信頼が持てました」(坂下取締役)。

 このとき、もう一方のITベンダーは急に値引きを提案してきました。当然、コベルコシステムも価格をどうすべきか対策を練りました。しかし、サービスの内容を考慮すると大幅な値引きには対応できない、という結論になりました。

 最終的な判断を下したのは駒田社長でした。サービスには相応の対価が必要になるはずなのに、急に値引きをしてくるITベンダーの姿勢を信頼できなくなったからでした。サービスに対する対価は、サービスで成長してきた武田にとって最も重視している点だったのです。「優れたサービスを提供するには、それなりの費用がかかります。企業としても利益を上げて、サービスの品質を保証して行くわけです。安易に値引きしないコベルコシステムの姿勢は、武田の経営思想と共通するところがあったと思います」(駒田社長)。

 新システムは2005年3月に完成(図3)。IT投資は約2億円です。今回のポイントを整理すると図4になります。モノではなくサービスを売るという姿勢が評価されたのだと思います。ITベンダーはハードやソフトの売り方やマーケティングは得意ですが、サービスの販売は苦手です。今回、安易な値引きが逆効果となりましたが、それはユーザー企業がハードやソフトではなく、サービスを購入しようとしたからだと思います。これからのITベンダーはサービスという形のないものをいかに訴えていくかが重要です。「サービス業で顧客ロイヤルティが5%上昇すれば,利益は25%から85%も上昇する」といわれています。逆に言うとサービスで差異化ができれば、値引き合戦から脱出し、利益の確保が期待できるでしょう。今回、最終局面では、「相性」があったのかもしれませんが、安易に値引きしてサービスの内容に自信がないのではとユーザー企業が不安を感じるようでは意味がありません。

図3●新システムの概要
図3●新システムの概要
パッケージソフトの「スーパーカクテル販売」を活用して構築、データ分析ツールには「Dr.Sum」を利用している

図4●今回の商談獲得のポイント
図4●今回の商談獲得のポイント

林 誠
戦略経営システム研究所代表
戦略経営システム研究所代表。中小企業診断士、ITコーディネータ。ITを徹底活用し、中堅中小企業のビジネスモデル構築、経営改革の支援に携わる。