国内では,ようやく東京と大阪で本格的放送が始まった地上デジタルラジオだが,米国では一足早くラジオのデジタル化が進んでいる。一方で,米国にはアナログ放送による日本語ラジオがあり,在米の日本人などを中心にリスナーを集めている。今回は米国のラジオ事情として,デジタル化と日本語放送の現状をリポートする。

ラジオ局の90%がすでにデジタル対応する米国

 米国では,2002年に米国連邦通信委員会(FCC:Federal Communications Commission)がデジタル方式のラジオを認可した。それが米iBiquity Digitalが開発を手がけた「IBOC(In-Band On-Channel)」方式の地上デジタルラジオ放送であり,「HD Radio」としてサービスが始まっている。

 IBOC方式は,アナログのFMおよびAMラジオの周波数帯でラジオのデジタル放送を実現する。特徴としては,既存のアナログ放送にデジタル放送を重畳して送信できることが挙げられる。放送局は周波数を変えることなく,アナログ放送とデジタル放送を同時に放送できるため,デジタル化への移行が容易になる。受信機側でも,デジタル放送のエリアから離れると自動的にアナログ放送に切り替えて受信を続けられる。

 2006年末時点には,全米のAM/FMラジオ局でHD Radioに対応しているのは1139局。これは米国全土のラジオ局の90%に当たる。ほとんどのラジオ局がすでにデジタル化を完了しているわけだ。

 全てのAM/FM局がデジタル対応したとしても,一般ユーザーに普及するまでには時間が必要である。とは言え,HD Radio方式は既存のAM/FMラジオ放送にデジタル信号を重畳させる方式であるため,デジタル化への移行プロセスに時間がかかったとしても大きな問題にはならない。デジタルとアナログの両方で放送を続け,受信機がデジタル対応するのを待てばいい。同じ周波数帯を使用できるため,デジタル化に伴う新たな周波数の確保や中継局の周波数変更が不要なこと,さらにアナログラジオの他にデジタルラジオを3chへ多チャンネルできる点がメリットとして挙げられる。

米国の日本語ラジオ放送はまだアナログで提供

 米国では,日本人が多く住んでいる地域で日本語のテレビ放送やNHKの国際テレビ放送が行われている。一方,ラジオについてあまり知られていないのではないだろうか。デジタル化が進む米国で,日本語で放送するラジオ局はどうなっているのかという疑問もあり,調べてみた。

 日本語放送の一つは,日本から3時間半と近いアメリカ準州であるグアムにあった。アナログ FMラジオ放送の24時間日本語放送(KIJI FM104)が2005年9月から提供されている。

 また,日本人の多くが観光で訪れるハワイでは,K-Japanというラジオ局がAM放送で朝と夕方の時間限定で日本語放送を行っていた。こちらは現在,ハワイのAMラジオ局KORL Radio Honoluku(AM1080)にK-Japanの日本語番組を提供する形で放送している。

 米国本土では,ロサンゼルスに24時間の日本語放送を行っているラジオ局があった。「TJS(Team Japan Station)ラジオ」だ。こちらは,デジタル放送のHD Radioでも,アナログの通常の放送でもなく,アナログFMラジオ放送のサブキャリアを利用した放送である。デジタル化が進む米国で,アナログのFMサブキャリアという電波を使ったメディアとはどんなものだろうか。

FMサブキャリアとは

 米国でのアナログのFMラジオ放送は,88.1MHz~108.1MHzの範囲で1局あたり200kHzの帯域が確保されている。その内100kHzが放送用に割り当てられ,0~15kHzがメインチャンネル,19k~53kHzがステレオ番組放送用の周波数として割り当てられている。

 残りの53k~100kHzを使う放送が「サブキャリア」である。FMサブキャリアには,60k~74kHzを使った“67kHz Sub Carrier”と85k~99kHzを使った“92kHz Sub Carrier”の2つのサブキャリアチャンネルがある(図1)。

図1●アナログFMラジオ放送の周波数領域
図1●アナログFMラジオ放送の周波数領域
メインキャリアで使っていない53kHz以上の領域を使って,サブキャリア放送を提供する。

 例えば67kHz Sub Carrierには,Microsoft DirectBandと呼ばれるデータ放送がある。また57kHzを使う放送に,EBU(European Broadcasting Union=ヨーロッパ放送連合)が策定したラジオの情報配信システムである「RDS(Radio Data System)」がある。これは,曲の名前やアーティスト,ラジオ局の情報などのテキストデータ情報を放送するものである。これらサブキャリアを使った放送は,FCC配下のSCA(Subsidiary Communications Authority,下位通信許可局)で認可された放送であることから,SCAラジオと呼ばれている。

 このサブキャリアの利用目的には,株価などのデータ放送,ページャ(ポケットベル),ラジオ朗読サービス,外国語放送などがある。サブキャリア放送を受信するためには,「SCAラジオ」と呼ばれる専用ラジオ受信機が必要になる。一般的に普及しているFMラジオ(カーラジオ含む)では,SCAラジオを受信することができない。なお,サブキャリア放送は,規制緩和により1983年でライセンスの発行は終了している。