世界最大のIT(情報技術)リサーチ会社、米ガートナーのデビッド・スミス フェローは、「従業員所有PC」というアプローチが企業にとって有効との見方を示す。従業員所有PCとは、企業が従業員に一定金額を支給し、従業員が自分で選んだパソコンを購入し、保有するやり方。「自分のPC」なので、会社の仕事だけではなく、個人利用も許容される。企業は「会社のPC」の管理から開放され、従業員は最先端かつ低価格の消費者向けパソコンを利用できる。米国では、一部の先進企業がこのアプローチに取り組み始めているという。

 ガートナーはITの世界の大きな流れを、「ITコンシューマライゼーション(消費者先導型IT)」と呼んでいる。消費者向けのIT機器に最先端の技術が投入され、それらが順次企業向けに展開されるという意味だ。となると、企業がパソコンや携帯電話などを保有し、従業員に支給するのではなく、消費者でもある従業員が最先端のマシンを買って、それを仕事にも使うほうがよいという考えが出てくる。従業員所有PCは、ITコンシューマライゼーション対応策の一つと言える。

 スミス氏は、米ガートナーのフェロー兼バイスプレジデントで、ガートナー・リサーチ・ソフトウェアグループ ウェブサービス ポータル担当として、ITコンシューマライゼーションやWeb2.0の動向をウォッチしている。先頃、日本で開かれたGartner Service-Oriented Architecture Summit2006において、スミス氏は『第2次インターネット革命 Web2.0 コンシューマライゼーション(The Second Internet Revolution、Web2.0、and Consumerization)』と呼ぶ基調講演を行った。従業員所有PCのアプローチは、この講演においても披露されている。基調講演の全貌は姉妹サイト『Enterprise Platform』に掲載した。

 ただし、従業員の自己管理に委ねる「従業員所有PC」のアイデアは、企業の情報システム部門やコンピュータメーカーなどIT企業にとって、にわかには受け入れにくいものである。これまで情報システム部門やIT企業は、従業員が企業のパソコンで勝手なことをしないように監視し、コントロールしようとしてきたからだ。

 スミス氏にITコンシューマライゼーションが企業に与えるインパクト、企業はどのように対処すべきか、といった点についてインタビューした。


企業はITのコンシューマライゼーションにどう対処していけばよいのでしょうか。

 今何が起きているのか、気付くことが重要です。特に、企業内のIT専門家である情報システム部門は、自分の組織でITについて何が起こっているか、案外知らないことがあります。従業員がITに関して何をしているのか、なぜそうしているのか、知ることからスタートすべきです。

 ITはありとあらゆる領域に浸透しています。したがって従業員は、自分の仕事をIT によって、もっとよくできるようになるのであれば、ためらいなくやってしまう。仕事を改善するために、あらゆるものを使おうとするのです。例えば、アニメーションを描くために、ソフト製品やサービスを使用する人が増えています。そうした製品やサービスを職場に持ち込み、できるだけ生産性を上げようとする。実際、場合によっては、社内の情報システム部門が用意してくれるITよりも有効な場合があります。我々は、こうした動きは引き続き加速すると考えています。

 職場に来る若い人々は、テクノロジーに一層の親しみがあり、テクノロジーを持つことに前向きですし、慣れています。組織が、最良の人材を採用し確保したければ、そうした人材が必要とするツールを与えることができなければならないのです。ところが、そうしたツールが情報システム部門によりもたらされるものではない場合が増えています。

 現在起こっていることを示す良い例があります。従業員が保存できる電子メールの件数を制限している情報システム部門があるとします。そうした制限をすると、従業員は米グーグルのGmailのような消費者向けサービスを使用するようになり、そこに電子メールを保存していきます。なにしろ、消費者向けサービスは、ほぼ無制限と言える膨大な数の電子メールを保存でき、社内外どこからでも検索可能で、なんと無料です。

 もちろん、こうした状況になると、セキュリティーおよびコンプライアンスの問題が生じます。もともと企業は、コンプライアンスを維持しなければならず、セキュリティーを維持する必要があり、必死で対策をしてきました。にもかかわらず従業員を社外のサービスに追いやってしまったら、どれだけ安全なのでしょうか。

 ほとんどの企業、情報システム部門は、Gmailのようなサービスが好きではありません。プライバシー、宣伝、データ、いずれの点についても、セキュリティーが企業の管理下にないからです。また、電子メールに関する諸要件がグーグルの決定に依存することになるからです。しかも、グーグルは必ずしも、Gmailが安全な環境であると主張していません。誰かが、侵入し、何かを取っていく可能性があります。それが何であるか、そうしたことをするのが誰かについてはわかりません。

 大きな問題は、法律違反があった時です。企業の電子メールは社内のものであり、訴訟は会社に及びます。しかし、仮にGmailが使用された事件があったとすると、グーグルがもう一人の当事者になります。これはGmail特有の問題ではありません。ウェブ上のメールサービスに全てあてはまります。有料のものであるか無償のものであるか、消費者向けのものであるか否かに関係なく、ウェブ上の電子メールサービスを使用している企業は、法的に問題に関心を寄せつつあります。