本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたITマネジメントの本質は今でも変わりません。

システム開発プロジェクトの成否はその企業の命運を左右する。しかし,多くのユーザーやインテグレータにおいて,プロジェクトの失敗が絶えない。この状況を打破するには,プロジェクトの進め方を抜本的に革新する必要がある。まず,過去のプロジェクトを洗い直し,問題の所在を調べるべきだ。複数のインテグレータで実態を調査した結果,失敗原因の多くはプロジェクトの開始段階にあることが分かった。

林 衛(はやし まもる)
アイ・ティ・イノベーション 代表取締役


 「このプロジェクトの目的は結局,何だったのですか」。

 「うーん,改まって聞かれると,ひと言で説明しにくいですね」。

 「プロジェクトが始まったのはいつですか」。

 「実際のソフト開発は○年×月から始まりました。しかし,その前に色々と調査もしました。△年から徐々に立ち上がったという感じでしょうか」。

 「プロジェクトの管理標準をお持ちですか」。

 「コンサルティング会社に頼んで作ったものがあります。ただ,厚いバインダに入っていまして,本番が始まるとみんなあまり見なかったなあ」。

 筆者はシステム・コンサルティング活動の一環として,「プロジェクトの実態調査」を以前から手掛けている。ユーザー企業の情報システム部門やシステム子会社,あるいはシステム・インテグレータにおいて,その企業がこれまでに実施してきたプロジェクトの実態を精査し,問題点を抽出するものだ。

 冒頭の会話は,この調査を進める時に,筆者と顧客数社のプロジェクト・リーダーの間で交わされた会話の一例である。いずれも,大手企業であり,相当にしっかりしたシステム開発体制を持っている。それでも,目的があいまいなプロジェクト,なんとなく始まったプロジェクト,プロジェクトの参加メンバーが共有した管理基準なしで進んでいったプロジェクトが散見された。

 読者も過去の経験を振り返ると,思い当たる点がおありになるのではないか。こうしたプロジェクトは失敗か,相当な徹夜仕事の末,なんとか終了させた,という結末を迎えていた。

 いくつかの企業でプロジェクトの問題を洗い出してみると,ほとんどの問題はプロジェクトの開始直後,すなわち,「プロジェクトの定義・準備段階」に集中していた。プロジェクト・マネジャが最初にすべき,最重要な仕事はプロジェクトの定義である。プロジェクトの目的,内容,範囲,採用する手法などを決め,参加者の合意を取り付けることだ。

 定義作業がいいかげんなプロジェクトは始まった時から失敗することが決まっていたようなものだ。つまり,世に数多い失敗プロジェクトは,プロジェクトの進ちょく管理がまずかったというより,最初から失敗していたのである。

プロジェクトの棚卸しを

 過去のプロジェクトの実態をきちんと調査した企業は極めて少ないといってよいだろう。プロジェクトはいつもたいへんな苦労が付きまとう。なんとか成功させたとしても,怪我人や犠牲者が出る。米国と違って,日本では関係者はプロジェクトが終わっても,同じ屋根の下で仕事をしていることが多い。終わったプロジェクトの話など,もはやだれもしたくない。

 しかし,こうしたことを続けていては,いつまでたっても同じような問題でプロジェクトの失敗を繰り返す。コンピュータの処理性能はこの20年で驚くほど改善されたが,プロジェクトの手法はほとんど進歩がなかったのではないか。

 言うまでもないことだが,日本企業が置かれた状況はかつてなく厳しい。情報技術(IT)を活用して,企業を革新すべきだと,だれもが指摘する。ITの導入にしろ,業務改革にしろ,大なり小なり必ず,「プロジェクト」が発生する。

 一連のプロジェクトをうまくこなせるかどうかで,企業の将来は決まってくる。それには,プロジェクトのやり方そのもののイノベーション,プロジェクトの革新が求められる。その第一歩がプロジェクトの実態調査である。実態調査で問題点を洗い出し,その問題点を関係者で共有して初めて,プロジェクトを革新するための具体策を見いだせる。

 プロジェクト実態調査においては,過去のプロジェクトを担当したマネジャ,リーダーに表1のような質問をする。質問事項そのものは当たり前のことばかりである。ポイントは質疑応答をしながら,表2のような点に注目してプロジェクトの内容を洗い直すことにある。大体一つのプロジェクトで,50~100程度の問題点を抽出し,問題点の深さに応じて重み付けをする。こうして1企業で5~10程度のプロジェクトを調査した結果を集計する。

 プロジェクトの内容や規模は問わない。筆者が担当したケースは,数年を費やした基幹系システムの再構築,データ・ウエアハウスのような情報系システム,社内電子メールの構築などさまざまなプロジェクトがあった。

表1●プロジェクト実態調査の質問事項
表1●プロジェクト実態調査の質問事項

表2●プロジェクト実態調査で注目する点
表2●プロジェクト実態調査で注目する点