急速に拡大するデリバティブ取引は、ITなくしては成立しない。価格の決定から、リスクヘッジのためのポートフォリオ組成、リスク計算、取引約定の締結、契約終了までの取引先監視に至るまで、ITによる可視化や効率化がなければ実現不能だ。まさにIT装置産業化した金融取引の最先端と言えよう。(編集部=文)

 デリバティブというと“ニッチな市場”“分かりづらい”“危険な金融商品”と敬遠する人が多いと思うが、急速に市場は広がっている。B I S(国際決済銀行)の統計値によれば世界の取引残高は2006 年6 月時点で370兆ドルに達し、対象資産も金利・為替・株式だけでなく商品(石油、金属など)・クレジット・インフレ率・不動産・ファンド・天候・地震とあらゆるものに広がる。

 Tower Group の推計によれば、米系投資銀行は0 6 年度収益の8 ~10%程度をデリバティブで上げている。金融機関によるデリバティブ事業に対する年間IT 投資額は、06 年の36 億ドルから3 年後には58 億ドルにまで増加する模様だ。

 デリバティブは、テーラーメイドな金融商品だ。利用目的で各商品を見ると、将来取引する予定のある金利や為替などの価格を現時点で確定させるための先物・スワップや、保有している株式の売却はしたくないが下落リスクだけはヘッジしたい場合に利用するオプションなどが典型例である。

 少々複雑な商品として条件付きのオプションがある。例えば円ドル為替レートが今後1 年の間にある閾値に達した場合には、元々あったオプションの権利が消滅するノックアウト・オプションと呼ばれる商品などである。条件を付けることでオプション料が安くなるため、コストを抑えてヘッジしたい投資家が利用する。ただし、閾値に一度でも達した場合は権利が消滅するため、急激な市況変化に対するヘッジにはならない面も併せ持つ。

価格決定もリスクヘッジもIT

 デリバティブを扱う金融機関の重要な業務としてプライシングおよびリスク管理がある。複雑なデリバティブになるほど、多数の可変要素が絡むため妥当な取引価格がいくらなのか、ディーラーにとっても分かりづらい。これを解決するには、多数の可変要素を計算した上で可視化できるITの仕組みがまず必要となる。

 加えて、ディーラーは抱えているポジションのリスクを相殺してゼロになるように取引することで、適切なリスク管理を行う必要がある。構造が複雑で流動性が低い商品の場合は、常に市場で反対売買ができるわけではないからリスク調整が難しい。この場合は流動性のある商品の組み合わせにより、似たようなリスクを持つ商品ポートフォリオを作り上げることでヘッジする。

 この組み合わせを考えるために難しいロジック(モデル)が必要になる。モデルがないということはヘッジできないということを意味しており、ディーラーは無防備にリスクにさらされてしまう。リスクを相殺する商品を選ぶことをジグソーパズルに見立てて考えると、形の合うピースをはめることに対応している。図1 にあるように2 つのピース、商品B と商品C を組み合わせることで、元々の商品Aと合致する形を作ることができる。ピース同士の“つなぎ方”がモデルである。

図1●ヘッジはこのように考える
図1●ヘッジはこのように考える

 前述のノックアウトや、さらに複雑な条件のついた商品になると考慮すべき情報が増え、商品の組み合わせ方やモデルが複雑になりヘッジが難しくなる。こうした問題はITなしに解決できない。

システム設計に大きく左右される業務効率

 これらを実現するのはシステム技術的にも容易なことではない。

 なによりも時間的制約がある。フロントでは数秒単位、リスク管理部だと翌日の朝までにリスク計算ができないと業務が回らない。リスク計算のためには金利や株式などあらゆる資産に対して市場状況シナリオを作成し、各商品の銘柄属性を参照しながら損益を厳密に計算しなくてはならない。

 このシナリオは、(1)株式、為替、各年限の金利など各指標間が互いに影響しあうこと(相関と呼ばれる)、(2)金利のように過去の平均的な水準に戻ろうとする特徴(平均回帰性と呼ばれる)、(3)株価や金利が負にならないこと――などを考慮しながら作成する必要がある。この状況は図2 で示すようなサイコロによる思考実験で説明すると多少分かりやすいかもしれない。

図2●金利変化とシナリオの作成
図2●金利変化とシナリオの作成

 詳細は割愛するが、高い計算精度を保ちつつ、これらの複雑な条件を考慮するには大量のシナリオを作成する必要がある。

 デリバティブの取引相手の契約不履行リスクも考慮しなければならない。ヘッジしたと思っていても、いざ決済の段階で相手が支払うことができないということがないように、相手の信用力を常に監視する必要がある。そのためには、市場データ、銘柄属性情報、取引先に関する信用力データを整備しておく必要があり、その上で処理スピードを早くしないといけない。

 今まではデリバティブ取引契約のやり取りをファクスで行っていたが、市場参加者や売買高の増加に伴い、とても人手では回らなくなっている。この面でもITによる解決が進められている。