デリバティブビジネスでは、価格計算やリスク計算に強力なコンピューター・パワーが求められる。それを支えるITの代名詞的存在がグリッドコンピューティングだ。複数のコンピューターに処理を分散させることで、スーパーコンピューター並みの処理性能を得るグリッドは、2000年頃から金融分野での採用例が見られ始めた。03年には欧米の投資銀行を中心に、一大ブームとも言えるほど適用事例が報じられた。それから3年以上が経過した現在、グリッドの活用はどこまで進んでいるのであろうか。(編集部=文)
「グリッドの進化度合いには4段階のレベルがある」と米プラットフォームコンピューティング社のファイナンシャルサービス・ディレクター、小林英俊氏は語る。「第1段階は既存の個別システムをグリッド化する段階、第2 段階は部署やセクションで利用する段階、第3 段階は企業レベルで共有する段階、そして第4 段階はグリッド資源をグローバルで統合する」。
先進企業が挑むグリッドのグローバル化
グリッドの活用に積極的な欧米の金融機関では、複数の部門が複数のシステムをグリッド化して共有する「第3段階」を完了させ、地域を越えた統合に乗り出す「第4 段階」に向けた動きが見られる。米投資銀行のリーマンブラザーズでは、06年3月に金利デリバティブビジネスのグリッドを、7 月にはモーゲージビジネスのグリッドを稼働させた。07年3月には、新たに信用リスクのグリッドを稼働させる予定であり、最終的にはこれらのグリッドを統合し、グローバルにハードウエアを共有させるプロジェクトを計画している。
フランスを本拠地とする投資銀行、BNPパリバもグローバルグリッドの構築を進めている。同社のグリッドへの取り組みは英国におけるデリバティブのリスクモデルの構築とその理論価格計算から始まった。債券部門における様々な商品にもグリッドが適用されてきたため、ロンドン拠点でそれらを統合した。そして現在、資源共有によるシステムとハードウエアの効率化と、システムの信頼性向上を目的として、東京、フランス、およびニューヨークのグリッドをグローバルに統合するプロジェクトが進行中だ。
グリッド化に適したシステムとは?
大多数の金融機関ではまだ特定のシステムだけでグリッドを限定的に利用しているか、これからグリッド導入の検討を行う段階であろう。グリッド化により飛躍的に性能を高めたいというニーズは、これから新規開発するシステムよりも、性能がボトルネックになってビジネス拡大の足かせになっている既存システムの方にあるはずだ。しかし、すべてのシステムがグリッドに適しているわけではないため、適用可能性の見極めが重要となってくる。
「グリッドの有効性は、(1)処理が独立しているか、(2)データの利用頻度は低いか、(3)処理は一様であるかという3 つの尺度で測れる。処理単位が小さく、互いに独立しており、膨大な繰り返し計算を行うシステムがグリッドに向いていると言えるだろう」(プラットフォームコンピューティングの小林氏)。
処理性能を飛躍的に高めるためには、設計段階から将来的なグリッド化を考慮しておくことが必要である。「自社でシステムを開発する際には、将来的にグリッドに移行しやすいように、機能の分離を意識して設計すべき。正しく分離が行われていれば8 割のアプリケーションは修正なしでグリッド化が可能だろう」と、米データシナプスのEMEA(欧州、中東、アフリカ)担当ソリューションズアーキテクトのババック・フォローギ氏は語る。
ここ数年、ウェブシステムの技術や方式が、金融機関の業務システムにも採用されるケースが増えてきた。この方式は、操作部分を利用者のパソコンに、処理ロジック部分をサーバーに、データアクセス部分をデータベースにそれぞれ分散し、処理の独立性を高めておくことで、必要に応じて性能を高めることが可能だ。ウェブシステム方式はグリッド化が求める独立性を、設計段階から考慮した方式であり、グリッド化に適した方式のひとつと言えるだろう。
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図●グリッドコンピューティングに適しているシステムと適していないシステム [画像のクリックで拡大表示] |
グリッド導入を支援する周辺サービスも
グリッド化に必要な点を十分に考慮したとしても、実際に開発を進めようとする際に問題となるのが、投資に見合う性能向上が得られるかどうかの予測の難しさだ。グリッド化にかかるコストが、グリッド化によって得られる利益を上回るようでは、グリッドを導入する意味がない。このような疑問に答えるため、グリッドベンダーやシステム開発会社は、導入支援コンサルティングを提供している。
例えばデータシナプスではGRIDesign と呼ぶ適用評価サービスを用意している。「われわれの評価の軸は2 つある。ひとつは対象システムが生む事業価値の大きさ、もうひとつはシステムの複雑さ(技術的な実現可能性)だ。この両者を調査することで、グリッド導入の結果として、事業として求める性能が得られるか、また十分な信頼性が得られるかどうかを見極めている」(データシナプスのフォローギ氏)。
パッケージ製品を利用している場合は、グリッド化を自力で進めなくても、グリッド化による高い拡張性を後からでも享受できる機会が増えてきた。代表的なリスク管理パッケージが、製品のオプションとしてグリッド機能を備えてきているからだ。これはパッケージベンダーとグリッドベンダーの協業によって実現されており、すでに多くの製品がグリッド化への対応を済ませている。
導入コンサルティングや、パッケージ製品のグリッド化オプションなど、企業への導入を支援する様々なサービスが増えてきたことは、より適正なコストで、より確実にグリッドを導入できる下地が整ってきたことを意味している。今後のグリッド市場の成熟と普及の拡大が期待できるだろう。