本記事は日経コンピュータの連載をほぼそのまま再掲したものです。初出から数年が経過しており現在とは状況が異なりますが、この記事で焦点を当てたプロジェクトマネジメントの本質は今でも変わりません。

「プロジェクトマネジメントに問題があって失敗した」,「プロジェクトマネジャの数が全然足りない」。こうした声をいたるところで聞く。実際,プロジェクトの進め方の巧拙は企業の競争力に大きな影響を与える。ただ,プロジェクトマネジメント手法の基本を理解することはそれほど難しくない。本連載の狙いは手法の基本をかみくだいで解説し,経営者,実務者,技術者など職種や年齢を問わず,どなたにも理解していただくことである。

伊藤 健太郎
アイシンク 代表取締役

 「社運を賭けたプロジェクト」,「新商品開発プロジェクト」,「システム開発プロジェクト」,「企業の枠を越えた合同プロジェクト」など,プロジェクトという言葉を聞く機会が増えてきた。かつてはプロジェクトというと,大規模な国家的プロジェクトや建設プロジェクトを指すことが多かった。また,プロジェクトを効果的に進めるプロジェクトマネジメント手法は,建設やエンジニアリングといったハードを主たる対象にしていた。

 しかし,企業活動が高度化し,専門的になるにしたがい,規模の大小にかかわらず,さまざまな現場でプロジェクト・チームが編成されるようになり,プロジェクトマネジメントの適用範囲は非常に広くなってきている。極論すれば,あらゆることがプロジェクトの対象と言える。実際,建設やエンジニアリングはもちろん,情報システム,製薬,銀行などでプロジェクトマネジメント手法が適用されるようになってきた。とりわけ,ハードに加えソフトを含む情報システムのプロジェクトは数も規模も急拡大を続けている。

 さらにここへ来て,「モダン・プロジェクトマネジメント」という言葉が聞かれるようになってきた。モダン・プロジェクトマネジメントという言葉は,コストとスケジュールのコントロールを主体にした旧来型のプロジェクトマネジメント手法との区別のために使用される言葉である。

 すなわち,モダン・プロジェクトマネジメントは,コスト,スケジュールに加えて,スコープ(プロジェクトの対象範囲),コミュニケーション,リスク,チームビルディング(プロジェクト・チームの編成),品質など幅広い視点からプロジェクトをマネジメントしていこうという手法である。

 手法といっても,その基本を知ることはさほど難しくない。モダン・プロジェクトマネジメントは,経営者,実務者,エンジニアなど職種や職位,年齢を問わず,あらゆる人が知っておくべき現代の常識である。筆者は以上のように考えている。本連載の狙いは,モダン・プロジェクトマネジメントの用語や基本的な考え方をどなたでもわかるようにかみくだいて説明し,全体像を理解していただくことである。

 現在,プロジェクトマネジメントというとモダン・プロジェクトマネジメントを指すのが一般的になっているので,プロジェクトマネジメントと言う表現で通すことにする。

三つの特徴を理解する

 そもそもプロジェクトとはどのようなもので,どのような特徴があるのだろうか。プロジェクトは,計画や研究課題と言う意味で使用されることもあるが,プロジェクトマネジメントの世界では,「目的や要求事項を達成するために行われる臨時的活動」をプロジェクトと呼ぶ。

 プロジェクトマネジメントを理解するには,プロジェクトの特性を理解することが先決である。以下,プロジェクトの特徴を一つずつ見てみることにする。

1. 明確な目的が存在する

 プロジェクトには,達成すべき明確な目的がある。目的がないプロジェクトなど存在しない。明確な目的を達成するためにプロジェクト・チームが組織されプロジェクトを遂行していく。これは当然と思われるかもしれないが,現実にはプロジェクトを遂行している関係者がプロジェクトの目的を十分理解していないことが多々ある。

 プロジェクトにおいては,目的と成果物とを分けて考える必要がある。ここで,「成果物」というのは,プロジェクトの遂行によって生み出されるサービスや製品などを指す。成果物は,プロジェクトの遂行中によく使用される言葉である。例えば,「今回のプロジェクトの成果物は新情報系システムである」といった使われ方をする。

 プロジェクトの目的と成果物を混同したり,目的があいまいのままプロジェクトの成果物だけを作り出すことに専念してしまうと,苦労してせっかく作り出した成果物であっても,役に立たないことになる。例えば,プロジェクトの途中で行う客先との定例会議で,客先から「考えていたものと違う」などと言われ,プロジェクトをやり直すことになってしまう。

 プロジェクトの途中で気づけば,まだよいほうである。プロジェクトの成果物が完全に出来上がってからでは大変なことになってしまう。このようにプロジェクトの目的をプロジェクト関係者が明確に理解しておくことは非常に重要である。

2. 繰り返しではない1回限りの活動

 プロジェクトは,ルーチンワークのような繰り返しの仕事ではなく1回限りの仕事である。すなわち,毎月提出する報告書の作成や巡視業務,自動車工場の流れ作業などはプロジェクトとは呼ばない。プロジェクトは1回限りの活動であるから,始めと終わりが必ず存在する。つまり,プロジェクトの開始と終了時期を明確に規定できる。

 プロジェクトの開始が明確でないと,いつからプロジェクトが始まったのか,あるいはいつから始まるのかが不明確になってしまう。プロジェクトの終了が不明確だと,本当に終わったのかそうでないのかがあいまいになり,しまりのないプロジェクトになってしまう。

 プロジェクトでは,あいまいさはコストアップにすべてつながる。プロジェクトの終了があいまいで,プロジェクトチームの解散が適切な時期にできないと,経費や人件費の無駄遣いになってしまう。

3. 時間・コスト・経営資源の制約がある

 プロジェクトには時間やコストなどの制限が通常存在する。そのため,プロジェクトを遂行して目的を達成するには,時間やコストなど制約の中で,所定の品質を確保した成果物を作り,プロジェクトの目的を達成する必要がある。いくらでも資金が使用できるとか,技術者を何人でも投入してよい,あるいは完成時期はいつでもかまわないなどというプロジェクトはまずないだろう。

 したがって,プロジェクトをうまく遂行するにあたっては,さまざまな制約の中でいかにバランスをとりながら目的を達成するかが重要になる。プロジェクトの責任者であるプロジェクトマネジャの腕の見せどころにもなる。