2006年10月、ウォール街の注目を一身に集めたのが、米最大の先物取引所であるシカゴ・マーカンタイル取引所(CME)だ。米第2位のシカゴ商品取引所(CBOT)を80億ドルで買収し、時価総額250億ドルとニューヨーク証券取引所(NYSE)の2倍以上のメガ取引所を構築すると発表した。急成長を遂げ大型合併を実現させたCMEの成功や、欧米の先物取引所の勢力図の変遷の裏に、テクノロジーの果たした役割を探る。

 CME 経営陣が好んで使う言葉に「イノベーション(革新)」がある。「常に時代の先端を走り業界の強いリーダーであるべき」という経営方針の表れだ。80年代にいち早く電子取引システム「GLOBEX」の開発に着手し、90年に立ち上げ、今日の成長の基盤を作ったのは偶然ではない。

 電子取引時代の到来を予見したのは「先物の父」と呼ばれるレオ・メラメドCME 名誉会長だ。70 年代、穀物などの商品が中心だった先物取引の世界に、ドル-金交換停止をきっかけに通貨先物を導入し、金融先物の発展に貢献した伝説的な人物だ。このメラメド氏が、金融先物に次ぐ事業として手掛けたのが電子取引の導入だ。

株式公開資金で一気に電子化

 実現は簡単ではなかった。当時、会員制の非営利団体だったCME では、伝統的な取引手法である「オープン・アウト・クライ(身ぶり手ぶりで売買をするセリ方式の取引手法)」を支持する会員トレーダーが政治力を持っていた。電子取引が会員の既得権を奪うと拒否反応は強く、本格導入に踏み切るのは90 年代後半になった。

 電子化のための資金の調達も大きな課題だった。CME が米主要取引所として初めて、00年の株式会社化を経て02 年にIPO(株式公開)に踏み切った理由は、年々膨らむシステム投資のための資金調達だ。CMEは年間設備投資予算の約1 億ドルの8割から9割をシステム投資に回す。IPO によって、過去6、7 年間で合計10 億ドルを超えるといわれる大型投資が可能になった。

 CME のドナヒューCEO(最高経営責任者)はIPOの後、事業拡大戦略の中核に電子取引の拡大を置いた。04年のインタビューで「取引一枚当たりの収入でみると電子取引の場合は77ドルだが、セリ方式は52ドル。取引総量の62 %を占める電子取引が100 %に移行すれば、年間9500万ドルの増収が見込める」と計算している。

 同CEO の戦略は現実のものとなりつつある。今では1 日当たり平均約500万枚の取引量のうち8割は電子取引だ。しかも電子取引は、コンピューターを駆使したアルゴリズム取引を利用するヘッジファンドという新たな市場参加者を呼び、業績は二ケタ拡大、利益率は3 割を超え、株価はうなぎ登りで500ドルと公開価格の約12 倍をつけた。今では時価総額は178 億ドル(06年12月時点)。ウォール街の「ホット」銘柄だ。

電子取引で市場を奪う

 対照的に買収されたシカゴ商品取引所(CBOT)は、ハイテク化に遅れをとった。CBOTは、150年以上の歴史を持つ。長い間、世界最大の先物取引所として君臨し、欧州やアジアに先物の知識を伝授してきたが、99年に欧州取引所に抜かれ、世界一の座から転落。01年には米国での首位の座もCMEに奪われた。

 CBOTの誤算は電子取引時代の到来が読めず、会員が伝統的なセリ方式の取引手法に固執したことにある。CME が電子取引システムの開発に力を注いだのと正反対に、CBOTは97年にジャンボ機が入る巨大な取引フロアを建設し、セリ方式の取引に賭けた。電子取引システムも開発したものの技術革新には追いつかず、欧州取引所のシステムをアウトソースで利用する道を選んだ。外部依存度の高さが、合併に踏み切らせた一因であることは間違いない。

 電子取引は先物史上に前代未聞の出来事を引き起こした。歴史的にみると、先物市場では一取引所が一つの商品の母体市場を形成すると寡占化が起こり、他取引所が取引シェアを奪う例はゼロに近かった。ところが、90年代に入りこの常識を覆したのが電子取引だ。

 有名なケースは、完全電子取引所のユーレックス(ドイツ・スイス連合の先物取引所)が、伝統的なセリ方式の取引手法を取っていたロンドン国際金融先物取引所(LIFFE)に挑み、ドイツ国債先物の取引シェアを奪取した例だ。98 年、LIFFE の主力商品だったドイツ国債先物は、ユーレックスが電子上場すると、半年足らずでスポイトが水を吸い取るようにユーレックスに移った。消滅の危機を迎えたLIFFEは完全電子化に切り替え、後にハイテク取引所として再生に成功する。

2006年は商品先物市場の電子化元年

 LIFFE と同様の現象が、06 年の米国でも起きた。まず、新興電子取引所の米インターコンチネンタル取引所(ICE)が、米国の原油先物の伝統的な寡占市場だったニューヨーク・マーカンタイル取引所(NYMEX)に挑んだ。

 ICEは子会社である英ICEフューチャーズ(前ロンドン国際石油取引所・IPE)にNYMEX のWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油先物を上場、数カ月のうちにNYMEXから取引シェアの半分を奪ってしまった。独自の電子取引システムではICEに太刀打ちできないとみたNYMEXは急遽同年6月にCME のGLOBEX システムの導入を決め、取引流出に歯止めをかけている。

 原油だけでなく、穀物や貴金属などの商品市場にも電子化の波は押し寄せた。NYMEX傘下にあり金先物などをセリ方式で上場するニューヨーク商品取引所(COMEX)は、同先物を電子上場したCBOTに5割以上の市場シェアを奪われ、NYMEXと同じくCME のシステムの導入を余儀なくされた。

 電子取引所との競争激化を予期したCBOTは、他商品取引所に先駆けてトウモロコシなど穀物先物の本格電子化に踏み切った。また、砂糖先物を上場するニューヨーク商品取引所(NYBOT)は電子取引所のICEと合併することで電子化への道を開いた。06年は金融先物に比べ電子化が遅れていた商品先物市場の「電子化元年」だったといえる。

テクノロジーが戦略の中核

 電子化が市場を急速に変えるなか、取引所にとってテクノロジーの重さは増す一方だ。CMEのジェイムス・クラウス最高情報責任者(CIO)は自社を「アプライ・テクノロジー企業」と称する。テクノロジーを市場のニーズに合わせて適用するという意味で、取引所にとってテクノロジーは市場の流動性、魅力的な上場商品と並ぶ三本柱と定義する。

 クラウスCIOが「独自開発した取引システムは長期的な視野からも重要な戦略的資産であり、業界のリーダーになるために不可欠」と話すように、グローバル化する市場に取引網を張り巡らすために、テクノロジーが最も重要な要素になる。

 80年代に電子取引時代の到来を予言したCME のメラメド会長は、テクノロジー力の格差がそのまま取引所間競争の結果になるとみる。「新参取引所が新たな取引システムを自社開発して国際舞台で競合するのはコスト面からますます困難になり、現在トップを走るハイテク取引所も気を抜けば、短期間で競争の場から転げ落ちる」と予言する。

 世界の取引所は、ニューヨーク証券取引所とユーロネクスト合併に始まり再編の道をたどる。再編図がそのまま、テクノロジーの勢力図と重なるとみられるなか、日本では東証のシステム障害など取引所のテクノロジー投資の遅れが表面化した。レース出発点で出遅れた感のある日本の取引所が世界を舞台にどう抗戦するか、大きな課題になる。

水野 はる香(本誌シカゴ特約記者)
本誌シカゴ特約記者。シカゴを拠点に20年にわたり経済・経営関連の取材と執筆活動を続けている