40代後半に差し掛かったプロジェクト・マネジャーの人間力不足は深刻だ。今,彼らが奮起しなければ,IT業界の明日はない。カギは,人脈作りと気配りである。

奥井 規晶 インターフュージョンコンサルティング 代表取締役

 この連載では,40代後半に差し掛かったプロジェクト・マネジャー(PM)の人間力が低下していることに警鐘を鳴らしてきた。第3回では,この世代の PMのコミュニケーション力が他の年代に比べて低いことを明らかにした。第4回では,彼らの多くが「前向きさ」を失っていることを指摘した。

 40代後半といえば,20年の業務経験を持つベテランで,社内的には部長クラスだろう。多くの部下を持ち,経営者からの信頼も厚いエースたるべき人材である。その世代が,コミュニケーション力や前向きさといったPMが備えるべき「人間力」を欠いている。筆者は,この結果に少なからずショックを受けた。そんなはずはない。もっと明るい材料はないのか。

 そこで今回は,「リーダーシップ」に注目することにした。リーダーシップならば,経験の豊富なベテランPMに有利なはず。そう考えて,これまでと同様,ITイノベーションが実施した調査の結果を分析した。

「PM45歳定年説」は本当か

 ところが,残念ながら期待はまたしても裏切られた。40代後半のPMのリーダーシップに対する評価は,30代のPMより低かったのである(図1)。おかしい。社会人になって20年たち,人の上に立つ立場になれば,おのずとリーダーシップが芽生えるものではないのか。それとも,これは「PM45歳定年説」を裏付けるデータなのか。

図1●リーダーシップの各職種における年代別平均値
図1●リーダーシップの各職種における年代別平均値

 いや,筆者はPM45歳定年説など全面的に否定したい。PMは,年齢を重ねるごとにその能力を向上させていくはずだ。第一,上の世代である50代のPM のリーダーシップに対する評価は高い。つまり,リーダーシップ不足は,45歳を迎えたエンジニアすべてが陥る現象ではなく,この世代に特有の現象なのである。

 40代後半のPMにリーダーシップが欠如している一因を,筆者は次のように考える。40代後半のPMはポスト団塊世代として,団塊世代のリーダーシップに依存してきた。このため,自分自身のリーダーシップを育て,発揮する機会がなかったのではないか。

「人脈」と「気配り」で生き残れ

 近年,大規模プロジェクトで赤字が頻発し,IT業界全体を揺るがす大問題になっている。そして,社運を賭けた大規模プロジェクトを率いるのは多くの場合,40代後半のベテランPMである。

 プロジェクトが赤字になる原因は様々だ。顧客の要求がなかなか確定せず,開発期間が延びてしまったのかもしれない。プロジェクト内の意思疎通がうまくいかず,手戻りが発生したのかもしれない。あるいは,土壇場でハードやデータベースの性能不足が発覚し,代替機の調達費用といった予想外のコストが掛かったのかもしれない。

 こうした不測の事態が発生しても,PMが強いリーダーシップを備えていれば,チームをぐいぐい引っ張って難局を乗り切れるはず。ところが,リーダーシップを欠く40代後半のPMにはそれができず,大赤字を出してしまう。

 40代後半の惨状とは対照的に,30代後半のPMのリーダーシップに対する評価は,全年代を通じて最も高い。ちなみにこの世代のPMはコミュニケーション力や前向きさといったその他の人間力においても,40代後半のPMに勝っている(第3回,第4回参照)。40代後半のPMは,もはや生き残れないのか。 30代のPMに取って代わられる運命なのか。

図2●中年PMの生きる道
図2●中年PMの生きる道
リーダーシップやチームワークの不足は,人脈や気配りでカバーできる

 それは,本人のやる気次第だ。前回までに述べたように,コミュニケーション力の不足は「ロジカル・コミュニケーション」を実践することで解消できる。前向きさは,自分の将来を真剣に考えることで必ず取り戻せる。

 と言っても,リーダーシップは,そう簡単に身に付く資質ではない。長い時間をかけて育むものだからである。しかしここで,「それではやはり,30代に追い越されてしまうんだな」と,あきらめるのは早計だ。実は,リーダーシップに代わる2つの人間力がある。1つは,プロジェクトに強い影響力を持つ顧客側のキーパーソンとの「人脈」。もう1つは,開発現場を取り巻くすべての人に対する十分な「気配り」である(図2)。

 本音を言い合える人脈が客先にあれば,「言った言わない」のトラブルは起きにくいし,非常事態が発生した際の対応もスムーズに行く。常に周囲に気を配っていれば,顧客担当者やメンバーの状況を把握し,プロジェクトのリスクを事前に察知できる。人脈作りと気配りを心掛けていれば,たとえリーダーシップを多少欠いていても,プロジェクト内の問題を解決できるというわけだ。

 ここであらためて提言する。40代後半のPMは,「人脈」と「気配り」を武器にすべきである。

上司を利用しろ

 人脈と気配りと聞くと,「なんだか厄介そうだ」と思うかもしれないが,これらは日々の努力で補強できる。具体的には,次のような行動を取ってほしい。

 人脈を作るには,まずはとにかく,プロジェクトにおける顧客側のキーパーソンを見極めることだ(図3)。肩書きに惑わされてはいけない。表面的には顧客側の代表であっても,実務は別の担当者が取り仕切っていることは多い。そうした担当者こそ真のキーパーソンであり,プロジェクトに大きな影響力を及ぼす。

図3●人脈の作り方
図3●人脈の作り方
顧客内部の人間関係を考慮しながら,複数のキーパーソンと満遍なく付き合うこと

 キーパーソンが誰かどうしても分からなかったら,「知っていそうな人に尋ねる」,「上司を連れて行って先方にあいさつさせながら,実態を探る」,といったあらゆる手を尽くして調べることだ。誤解しないでほしいのだが,「決定権や影響力のない担当者とは親しくしなくていい」と言っているわけではない。客先の担当者とは,その人の立場に関係なく,できるだけ良好な関係を築いておくべきである。ただ,キーパーソンに近付かなければ意味がない。

 キーパーソンが判明したら,すぐにあいさつに行く。この時,名刺を交換してすぐ戻ってきてはいけない。相手の問題意識や期待感を,上手に聞き出そう。

 中には,なかなか本音を言わないキーパーソンもいるだろう。そうした場合でも,趣味や経歴などを聞き出し,その場を盛り上げる。ここで「おもしろいヤツだな」,「話が合うな」と思ってもらえれば後日,口実を設けて飲みに行ったりゴルフに行ったりして,本音を聞き出すチャンスが生まれる。

 定期的に自社のトップを担ぎ出すことも,人脈の維持に効果的だ。顧客側のキーパーソンを,「このベンダーは,そこまで当社を重視しているのか」と感心させられるからである。

 注意したいのは,キーパーソンが複数いるケースが多いことである。そうした客先では,1人のキーパーソンに偏らず,全員と満遍なく付き合うことが肝心だ。さもないと,他のキーパーソンは自分が無視されたように感じて気を悪くする。

 このようにして地道に築いた人脈により,要求定義の失敗や,仕様の誤解といった問題を未然に防げる。顧客は「何をやりたいのか」を本音で話してくれるし,開発側も顧客に対して「こういう理由で,それはできません」と率直な意見を言えるからである。