大規模プロジェクトを率いる40代後半のマネジャーが危ない。マネジメントに不可欠な「前向きさ」を失っているのだ。それを見て育つ若手エンジニアも,他人事ではない。日進月歩のIT業界において前向きさを失っては命取りだ。
奥井 規晶 インターフュージョンコンサルティング 代表取締役
もの作りと同様に,システム作りの現場にも徒弟制度の側面がある。「経験を積み,先輩を乗り越えていって初めて一人前の自覚ができた」という経験は,ベテランITエンジニアならば誰でもあるだろう。ところが,いったん一人前の域に達すると,そこで安心して成長が止まってしまう。残念ながら,これは決して珍しい話ではないようだ。
冒頭からこんな暗い話を取り上げたのには,理由がある。実は,この連載で毎回取り上げているITイノベーションの「スキルポジション分析」で,日本の大規模プロジェクトを担うマネジャーの人間力が危機に瀕していることが浮かび上がった。
日本の「スゴイPM(プロジェクト・マネジャー)」が共通して備える人間力の1つに「前向きさ」があることは,第2回で明らかにした。ところが,同分析でプロジェクト・マネジャー405人に対する他者評価を集計したところ,「向上心」,「支援・貢献行動」,「改革・改善行動」といった前向きさを示す 3つの指標の平均値が,40代後半でがくっと落ち込んでいた(図1)。
| |
図1●「人間力」の年代別平均値 プロジェクト・マネジャーの「向上心」,「支援・貢献行動」,「改革・改善行動」に対する他者評価は,40代後半に大きく低下する [画像のクリックで拡大表示] |
40代後半といえば,エンジニアとして脂が乗り切った年代であるはず。しかも,担当するプロジェクトの規模は大きい。それにもかかわらず,この年代のマネジャーの前向きさは他の年代はおろか,プログラマやSEに比べても低い。常に前向きに新たな企画を考え,率先して実践していくべきマネジャーが,メンバーの誰よりも後ろ向きであるということだ。
筆者は,この結果に衝撃を受けた。向上心を失い,保守的で改善への意欲もない40代後半と言ったら,単なる「くたびれた中年」ではないか。「SE35歳定年説」ならぬ,「PM45歳定年説」という言葉が頭をよぎった。
だが,筆者はそんな説を断固として認めない。プロジェクト・マネジャーは,経験とともに能力が向上していくはずだ。
ではなぜ,40代後半のマネジャーは「くたびれPM」になってしまったのか。そこには何か,構造的あるいは世代的な問題が潜んでいる。それを明らかにして対策を講じれば,くたびれPMはスゴイPMとして再生できるはずだ。
時代が保守性を培った
40代後半といえば,「ポスト団塊の世代」である。先行する団塊の世代が長髪をなびかせながら歌う「戦争を知らない子供たち」を聞きながら育ち,70年の大阪万博に胸を躍らせた。だが,大人になるにつれて「しらけ世代」と呼ばれるようになっていく。安保闘争や学園紛争の挫折を見て,「長いものには巻かれろ」という処世術を身に付けた。政治や社会を熱く語った団塊の世代とは対照的に「無責任」,「無関心」,「無頓着」と言われた。
80年代初頭に,登場したばかりのパソコンを駆使して卒業論文を作成した。IT企業に入社すると,周りはパンチカードによるプログラミングしか知らない先輩や上司ばかり。パソコンが企業内に普及していく過程で,学生時代に得た知識は重宝がられた。
80年代後半,バブル全盛のころに結婚し,夢のマイホームを持った。ところが,バブルはあえなく崩壊。後には膨大な住宅ローンが残った。その後,40代に突入した2000年前後に,今度はITバブルが巻き起こる。多くの仲間や若者がネット長者になるのを,かつてのしらけ世代の癖で「自分には関係ない」と冷めた目で見ていた。
そして2005年。子供は中高生になった。一家の大黒柱として,教育費や住宅ローンが双肩に重くのしかかる。仕事はまずまず順調だ。プロジェクト・マネジャーまで上りつめ,最近では大規模プロジェクトを任されるようになった。エンジニアとして頂点を極めたとは思うものの,仕事上の責任や重圧は増すばかり。ITの最先端を追いかけるのもだんだん疲れてきた。携帯電話で話すことには抵抗はないが,「携帯メールの細かい文字は勘弁してほしい」としみじみ感じる今日このごろだ――。
こうしてポスト団塊の世代が歩んできた時代を振り返ると,彼らが失敗を恐れるあまり,新たな取り組みに対して前向きになれないのもうなずける。「家族がいる。冒険はできない」,「新しいことには手を出さず,これまで成功してきたことだけを踏み外さずにやろう」。これが,この世代のプロジェクト・マネジャーの本音だろう。
伝統工芸のように,決まった「型」や「道」を踏襲して究めるというのならそれでもよい。しかし,ITプロジェクトを率いる人材がここまで保守的になるのはいかがなものか。IT業界は日進月歩で,しかもプロジェクトマネジメントはまだまだ発展途上の領域である。だからこそ,スゴイPMは前向きさを失わず常に改善・改革に努めているのだ。