日立ソフトウェアエンジニアリング
セキュリティサービス本部
本部長
中村 輝雄

「ソフトウエア産業の衰退」。業界各所で言われているこの大テーマ。仮想化技術が,長年のテーマの解決に寄与できるのではないか。現場とビジネス,研究開発,そして仮想化技術を知るエンジニアが思いを語る。(ITpro)



 「日本のソフトウエア産業,衰退の真因」。松原友夫さんが執筆したこの記事が,IT業界内で話題を呼んでいます。筆者は過去3回にわたり,「仮想化技術で開発環境が改善できる」というテーマの記事を執筆しました(過去の連載記事はこちらから)。松原さんの記事を読んで,筆者は仮想化が日本のソフトウエア産業の構造改革に寄与できるのではないかと考えました。そのアイデアを皆さんとシェアしたく,番外編として筆を執ることにしました。

 松原さんは筆者が日立ソフトウェアエンジニアリングに入社した時,隣の部署の部長でした。松原さんも言及していましたが,当時日立ソフトは親会社である日立製作所から「技術の自立と経営の自立」を目指していました。その一環として,日立ソフトは自社エンジニアの派遣先である日立製作所の各工場に依頼し,エンジニアが日立ソフトのオフィスで作業する形態にする,あるいは日立製作所の工場内に独立したエリアを設けてもらうことで,日立ソフト自らの品質管理の下で開発作業が進められるようにしました。

 日立ソフトはこのような「エンジニアを自社に戻す」取り組みを長年ねばり強く続けてきました。平行して品質管理手法の改良を続け,全エンジニアに浸透させていきました。筆者はこれが,エンジニアの基礎体力の向上,ひいては企業全体のスキルレベル向上につながったと自負しています。

 それだけではなく,日立ソフトは設立当初から研究開発投資を継続して実施してきました。自社オリジナルの製品や技術を発信していこうという意志があったからです。研究開発に投資するソフト会社は,当時としてはめずらしい存在でした。 日立ソフトは情報漏洩対策ソフトの「秘文」を独自開発し世に送り出していますが,独自のソフトを投入できている背景には,(1)エンジニアの労働環境の整備と教育,そして(2)研究開発投資の2点があると思います。当社の自慢話のようになってしまって恐縮ですが,この2点はモノ作りに携わる企業として普遍的かつ重要なことと認識していますので,あえてご説明しました。

 松原さんの記事を読み,筆者は「ソフト会社の自立化」を目指していた当時の社内の雰囲気を懐かしく思い出しました。

筆者が理解した松原さんのメッセージ

 松原さんが指摘したポイントを筆者なりに解釈し,整理してみました。

(1)ソフトウエア産業は政府の支援により,業界共通の開発環境を構築する「Σプロジェクト」を発足したが,経営者の現場に対する理解が乏しく,頓挫した

(2)一部のソフト会社はCMM(能力成熟度モデル)のような優れた開発プロセス管理手法の導入を試みたが,導入の目的と手段を取り違え,形骸化させてしまった。その結果,日本では業界共通の開発基盤や開発プロセスが生まれなかった。そのような環境ではエンジニア同士の研さんも進まず,開発ツールやソフト部品の流通といった望ましい産業構造が形成されなかった

(3)多くのソフト会社は派遣型ビジネスに安住するあまり,品質管理や生産性向上といった,メーカーが最重要課題として取り組むべきテーマを放棄してきた。単に原価低減を狙って中国に発注しているだけでは,日本のソフトウエア産業はますます衰退してしまう。

 つまり「日本のソフトウエア産業を発展させるためには,ソフト会社の自立を促す必要がある」と松原さんは論じています。

 この主張を筆者なりに,もう少し具体的な解決策に落とし込んでみました。「これまでの派遣型ビジネスを止め,お客様(ユーザー企業)から独立した形で開発できるよう体制を整えるべき」と筆者は解釈しました。ですからソフト会社にとっては「自社で開発しテストし納品できる体制にすること」が最初のアプローチかと思います。

 その最初のアプローチを可能にするためには,「ある前提条件」を整える必要があります。それは,お客様に常駐しているエンジニアを自社に呼び戻し,同じ会社のエンジニア同士で相談しながら仕事を進められる体制にすることです。エンジニア同士のノウハウの共有,そして切磋琢磨があってこそ,ソフト会社のスキル向上が望めます。

 常駐形態にはいくつか問題点がありますが,メンタル面での弊害が見逃せません。一般化しにくいことではありますが,筆者が見ている限り,常駐しているエンジニアは疲労を抱えがちです。理由の一つは,客先のオフィスだと不要な緊張感が生まれるということです。個人差はあるでしょうが,自分の所属する組織のオフィスで仕事するほうが気を楽にして作業できる,という人のほうが多いのではないでしょうか。

 もう一つの理由は,通勤の負担が増すことです。エンジニアの多くは自社オフィスの場所で居住地を決めています。常駐先が自社オフィスより遠隔地にある場合,毎日の通勤がより苦痛なものになります。そう簡単に居住地を変えられるものではありませんから,通勤で疲労が蓄積しているエンジニアは少なくありません。地方から単身赴任している場合はなおさらでしょう。

 疲労の蓄積は,お客様にも迷惑をかけることになります。そもそも,蓄積した疲労を抱えながら,スキルアップのための勉強が満足にできるでしょうか。

 今回は,お客様から直接システム開発を請け負っている元請けSI会社の立場から,なぜ仮想化がソフト会社の「技術の自立と経営の自立」に役立つのかを考えてみたいと思います。