日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

<前号までのあらすじ> JUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトはいよいよ大詰めを迎えた。プロジェクト事務局の懸念に反して、製造部門は生産管理システムの機能縮小をあっさりと受け入れてくれた。コンサルタントの沢井の尽力のおかげで、ERPパッケージを使っても、なんとか予算内で開発費が納まるメドも立った。翌年8月のカットオーバー目指して、プロジェクトは猛スピードで動き出した。



 クリスマスを数日後に控えた、ある日の夜9時すぎ。角川はまだにぎわいの残る駅前商店街を通り抜け、家路を急いでいた。駅から10分ほど歩くと、自宅のマンションが見えてくる。

 玄関のドアを開けると、まぶしい室内の光と5歳になった長男の笑い声が飛び込んできた。「あら、あなた。お早いお帰りね」。妻の雅子が声をかけてくる。

 「おいおい、このところ少しは早くなっているじゃないか。そう責めるなよ」。こう笑って答えるほど、角川には余裕が生まれていた。

 実家に戻っていた雅子が、帰ってきたのは1カ月ほど前のことだ。JUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトと同様に、角川家もなんとか破局を迎えずにすんだ。雅子本人やその母親と、3カ月間、ねばり強く話し合った結果だが、それ以上にプロジェクトの先行きに光明が差し始め、角川が精神的にも肉体的にも落ち着いたのが大きかった。

 「よし、明日からは毎晩8時前には家に帰って、子供と一緒に風呂に入るぞ」。角川は半ば本気で口にした。

イラスト:今竹 智

つかの間の幸せ

 だが、年明けからプロジェクト事務局の内部はまたあわただしくなってきた。沢井のおかげで、最難関の生産管理システムにERPパッケージを適用するメドは立った。だからといって、開発作業がゼロになったわけではない。

 例えば、帳票出力関連のサブシステムは、かなり手を入れなければならない。ERPパッケージを使うので、システムの構造が大きく変わるためだ。それ以外にも、稼働中のシステムから新システムへのデータ移行工程の策定、開発残件の洗い出し、ユーザー研修の準備などやることは山ほどある。これらをすべて同時並行で進めなければならない。

 プロジェクト事務局の空気は、再び張りつめてきた。それでも雰囲気は以前より格段によい。プロジェクトの先が見えてきたこともあるが、プロジェクトを率いる金山の直裁的な行動やもの言いが良い方向に作用している。

 金山は角川に、帳票出力をはじめとするバッチ系サブシステムの設計・開発責任者という重要な任務を与えた。金山は、社長への直訴に加えて、製造部門との機能縮小交渉をまとめ上げた角川を高く評価しているようだ。

 「製造部門との交渉は、誰がやっても成功したはずだ…」。こう考えている角川は少し面はゆかったが、上司に評価されて悪い気はしない。

 「それにしても、大型プロジェクトというのは怖いものだ。数々の修羅場をくぐってきた金山部長でさえ、ちょっとした歯車の食い違いで、大失敗するところだったのだから…」。角川はこれまでの地獄のような日々を思い出して痛感した。同時に忙しいながらも、充実した毎日がある幸せをかみしめた。