日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

<前号までのあらすじ> UAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトは、テスト段階に入ってもトラブルが続いた。システム企画部課長補佐の角川は、担当のバッチ系サブシステムの性能が出ずに苦しむ。頼りにしていたチューニング担当者は過労で入院してしまい、結局、サーバーを増強する羽目に陥った。部長の金山はサーバーの追加購入を快く承認してくれたが、予算超過はいっそうひどくなった。



 蒸し暑い夜だった。9月になっても、猛暑はいっこうに収まる気配をみせない。夜になっても、外の気温はまだ25度以上ある。

 そんななか、冷房が効いているとはいえ、JUAS産業のマシン・ルームは熱気に包まれていた。時計の針はとうに10時を回っているが、20人近くが詰めかけてオンライン・サービスが終わるのを待ち構えている。11時から新システムにおける最初の月次バッチ処理が始まるのだ。

 システム企画部課長補佐の角川をはじめとする開発メンバーには疲労の色が濃い。システム子会社のJUASシステムズの運用担当者や、万が一に備えて待機するヤマト事務機器のエンジニアも、みな疲れ果てた表情をしている。

 無理もない。2年間を費やしたJUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトはついに大詰めを迎え、すべての関係者が“最後のひと踏ん張り”を余儀なくされていた。

イラスト:今竹 智

最後の山場

 8月のお盆休みを使った切り替え作業はなんとか無事に完了し、休み明けには予定通り新しい生産管理/在庫管理システムのオンライン・サービスが動き出した。最初の数日、小さなトラブルがいくつかあっただけで、今はまずまず順調に動いている。

 だが、プロジェクト・メンバーの労苦をねぎらう声はあまり聞こえてこない。「会計と販売管理がレガシーのままでは、社内で評価されなくても仕方がない」と角川もあきらめている。

 プロジェクト前半の混乱が響き、今回、第1次分としてリリースできたのは、生産管理システムと在庫管理システムだけだ。初めはスクラッチで再構築しようとしたが、プロトタイプシステムでつまづき、途中からERPパッケージに乗り換えたJUAS産業の新システムの基幹部分である。

 安全策をとって会計システムと販売管理システムのカットオーバーは秋以降に先送りにしていた。社長の福井が望んでいた5営業日後の月次決算や、それによる経営のスピードアップが実現されるのは来期以降になるのは確実だった。

 それより、第1次のシステム切り替えがまだ完全に成功したわけではない。ERPを利用したオンライン系は確かに動き出したが、スクラッチで開発した月次バッチを動かすのは今日が初めてだ。これが無事に動かないと並行稼働させている旧システムを止められず、メインフレームも撤去できない。

 設計責任者の角川は気が気ではなかった。「過労で倒れたJUASシステムズの牧野課長のためにも、バッチ処理を高速化するためにサーバーの追加購入を認めてくれた金山部長のためにも、何とか予定時間内に終わってくれ」と祈りにも似た気分で、今日の本番を迎えていた。「この山を越せば、あとはパッケージ利用のシステムが多く、テストも進んでいるので、先の見通しが立つ」との読みもあった。システム企画部長の金山も、「ここが山場」と思ったのか、自室で待機している。

 「金山部長は今回のプロジェクトの始末をどう付けるのだろうか」。バッチ開始を待つ間、角川はふと思った。今度のプロジェクトは、途中で計画が大幅に変更されたこともあり、かなり経費がかさんだ。当初予算の15億円はとうに使い果たしている。プロマネが社長室長の木下から、金山に代わったとき、22億 5000万円に増額されたが、それも超過した公算が大きい。

 「SEの技術料などは、ヤマト事務機器との今後の交渉次第で減らせるかもしれない。でもバッチ処理高速化のためにサーバーを追加導入したことや、カットオーバーが遅れた分、レガシー・システムのリース期間を延長しなければならなかったことを考えると、当初予算の倍の30億円近くかかっていても不思議ではない」。頭の中でそろばんをはじいた角川は、あまりの金額の大きさにため息をついた。