日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

崩壊の危機を迎えるJUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクト。先行きを案じたシステム企画部長の金山と製造部門担当役員の浦山は、それぞれ水面下で中断を画策する。しかし、いったん動き出したプロジェクトは容易には止まらない。そうしたなかシステム企画部課長補佐の角川は、社長の福井に直訴。福井はプロジェクトの今後を話し合うため、金山と浦山を呼び出した。



 角川の直訴の翌朝、社長室に金山と浦山が姿を現した。しばらくはお互い黙って見つめ合う。二人の関係は微妙だ。ほぼ同じ年次で、もともとはシステム部門で席を並べていたが、15年ほど前、システム開発の方法論を巡って意見が対立し、浦山が部内抗争に破れる格好でシステム部門を出ている。

 しかし、その後の出世は、浦山のほうが早かった。畑違いの製造部門に転じたあと頭角を現し、システム部門一筋の金山より先に役員になった。

 「どうもご無沙汰しております」。最初に挨拶したのは金山だった。「久しぶりだね」。浦山が相槌を打つ。社長の福井は、そんな二人を不思議そうに眺めていた。

 そんな福井の顔を見て、金山はあわてて言った。「社長、誤解しないでください。彼とは今では何でもない。時々飲んでいる間柄ですよ」。浦山も笑って同意する。

 「いや、それを聞いて安心した。これからの話は、会社の存亡にもかかわることだ。是非協力して、ことにあたってもらいたい」。福井は満足そうに言った。

イラスト:今竹 智

福井の決断

 浦山はさっそくプロジェクトの問題点を指摘し始める。福井もプロジェクトに対する懸念を率直に表明する。角川にマイナス・ポイントが付かないよう、直訴の一件をさりげなく賞賛するのも忘れない。

 金山は、浦山がプロジェクトの状況を完全に把握していることにまず驚いた。そして「課長の永山君に任せ切りにせず、自分で参加していれば、こんなことには…」と福井の前で深々と頭を下げた。

 そんな金山を福井はさえぎった。「これまでのことはいい。プロジェクトの現状認
識で意見が一致したなら、打開策を考えるほうが先だ。まず問題点を大きく三つに整理しよう。一つは予算、二つ目は新システムの稼働時期、最後は人事だ」。前向きな福井の姿勢に、金山は救われる思いがした。

 「まず予算だが、今の予測だとどれくらいに膨らむのかね」。さっそく福井は鋭い質問をしてきた。

 「2倍以上になると考えられます」。金山が即答すると、福井は顔をしかめて再度、質問する。「総額で30億円以上か。大きいな。半期の利益が吹っ飛んでしまうぞ。新システムの機能をギリギリまで減らしたとすると、どうだ」。

 「それでも1.5倍はみていただかないと…」。金山にはこう答えるのが精一杯だった。

 続けて福井は新システムの効果を尋ねてきた。金山は「システム・コストは稼働開始後3年間で8億円を削減できる計算です。一方、新システムの稼働に伴う業務改革効果で、同じく3年間に4億円ほどの売り上げ増を見込んでいます」と答える。

 福井は1分ほど目をつぶって考え込んだ後、経営者としての判断を下した。「よし、分かった。当初予算の1.5倍に当たる22億5000万円までの支出は承知した。ただし、金山君と浦山君には宿題がある。まず金山君は、システム・コストを徹底的に切り詰めて、3年で10億円を削減してくれたまえ」。「承知しました」と金山は即答した。その数字には勝算がある。

 福井は今度は浦山を見て言った。「もう一つはいっそうの業務改革だ。4億円ではぜんぜん足りない。浦山君、製造部門も販売部門と協力して、なんとか6億円伸ばすんだ」。浦山も軽くうなずいた。

 二人の反応に満足した福井は、話を続ける。「次は新システムの稼働時期だ。機能を大幅に減らす前提で、プロジェクトはいつ完了する? ハードのリース契約のからみもあるだろう」。

 「少し時間をください」。金山は、この質問には慎重だった。「22億5000万円の予算だと、かなり機能を縮小することになります。その前提でスケジュールを組み直して、3日後に報告します」と答え、福井も了承した。