日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

<前号までのあらすじ> 2年間の予定で始まったJUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトは、ちょうど折り返し地点を迎えた。社長室とシステム企画部の対立、独自開発部分とパッケージ利用部分の混在など、さまざまなひずみを抱えながらも、何とかここまではたどり着いた。だが、破綻の兆しは至るところで見られる。システム企画部長の金山はプロジェクトの危機を察知して、調査に乗り出したが…。



 プロジェクトが始まってから2回目の梅雨が明けた木曜日の朝。ある会議室にシステム企画部長の金山が入ってきた。その部屋では9時から、購買システムの進捗を確認する会議が開かれる予定だった。

 「おい、金山部長が出席しているよ。部長は今回のプロジェクトから外れていたんじゃないのか」、「知らないよ。誰かが、購買システムの開発が遅れていると耳打ちしたんじゃないか」。会議の参加者はヒソヒソ言い合っていたが、金山は聞こえぬふりをした。

イラスト:今竹 智

プロジェクトの実態

 木曜日は、同じような進捗確認会議がサブシステムごとにいくつも開かれる。その結果を踏まえて、翌金曜日の午前中に全体進捗会議が開催される。

 その日、金山は可能な限りの進捗会議に参加した。オブザーバーということでいっさい発言せず、ひたすら聞き役に回っていたが、内心はらわたが煮えくりかえっていた。

 まず会議が時間通りに始まらない。10分遅れの開始はざら。ひどい会議は30分過ぎてもメンバーがそろわない。

 配布資料のできの悪さも、金山のイライラを募らせた。サブシステムごとの進捗会議は、予定と実績の差異を分析したり、遅れへの対策を議論するためのものだ。通常は、(1)サブシステムごとに予定に対する実績(予実)をガントチャートで示す「進捗管理表」、(2)その週に分かった問題点や成果についてまとめた「週間作業報告書」、(3)技術的な未解決事項や、仕様変更とそれに伴う問題点などをサブシステムごとに記した「懸案管理表」の3点が毎週きちんと会議に提出され、メンバー間で議論される。

 ところが、この当たり前のことがまったくできていない。配られた資料を見ても、進捗状況が前週のままだったりするなど、不備が目立つ。プロジェクト・マネジャ(PM)でもある社長室長の木下は、どの会議にも出席していなかった。「現場の状況を把握していなければ、大変なことになるぞ…」。金山は舌打ちした。

 会議に出るたびに、金山の目つきはどんどん厳しくなっていった。最後に出席した会議では、配られた進捗管理表を思わずにらんだ。資料の上からは、要件定義と外部設計が大きく遅れたのは一目瞭然だった。だが、次の単体テストの期間が異様に短い。しかもすぐに結合テストに突入している。金山は単体テストの検証方法を疑った。

 結合テストは三つのステップに分けられていた。それぞれ「IT0」、「IT1」、「IT2」と命名されている。進捗管理表の欄外にあった注釈によると、 IT0はサブシステムの各基本機能を確認するもので、IT1はサブシステム内のコンポーネント同士の連携動作をテストする。そしてIT2は、他のサブシステムとの連携テストとなっている。

 線表では現在はIT0が完了し、IT1が始まった段階にある。多少、遅れてはいるが、ほぼ予定通りだ。だが、懸案管理表に目を通した金山は、その嘘を見破った。IT1に入ってから、未解決の懸案事項が急増していたからだ。

 未解決事項の多くは、サブシステム間のインタフェースだ。ある会議では、「他のサブシステムとの仕様の調整がまだすんでいない」と、もう少し待つようにメンバーへ指示していた。金山にしてみれば、この調整はサブリーダーの能力を超えている。

 本来なら外部設計の局面で決めておくべき内容の仕様が、この時点でも懸案事項として挙げられていることも、金山には気になった。備考欄には、「3週間前に上げた懸案事項が未解決なまま放置されています」といった悲鳴にも似た記述がある。