日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

<前号までのあらすじ> JUAS産業のレガシー・システム刷新プロジェクトは開始当初から波乱含みだった。製造部門代表の島本はプロジェクトの運営方法に関して、事務局を厳しく問いただす。だが、社長室長の木下やシステム企画部課長の永山は聞く耳を持たず、だらだらと会議を繰り返す。ほとんど進展は見られない。システム企画部課長補佐の角川はそんな二人にあきれるが…。


 9月に入って最初の水曜日。残暑はまだ厳しく、朝8時に気温は30度を超えた。これで10日連続の真夏日だ。

 9時前、角川は寝不足で疲れた体を会議室に運んだ。要求仕様決定会議は今日で3回目だが、これまでは事実上、何も決まっていない。議長を務める永山の下手な進行もあり、過去2回の会議は完全に空転した。製造部門代表の島本がプロジェクトの進め方について否定するだけでなく、具体的な破綻の始まり提案をいくつか出したが、永山はもちろんプロジェクト・マネジャ(PM)である社長室長の木下も取り上げようとしない。

イラスト:今竹 智

キーパーソン外し

 3回目の会議が始まった。案の定、島本の意見はまったく反映されていなかった。それどころか当人の島本が参加していない。永山の話では、現場が急に忙しくなり、参加できなくなったと連絡があったらしい。

 今日こそは島本に味方してやりかたを変えようと意気込んでいた角川は、肩透かしをくらって呆然となった。

 会議は、相変わらず永山のペースで一進一退を繰り返した。いや、ただメビウスの輪のように、裏と表をぐるぐる回るだけで、「一進」はない。

 「仕様を決めるには、まず現場の要望を聞きましょう」と言って業務部門代表のメンバーに順番に発言させたのだが、いっこうに話がまとまらない。なかには、どこで聞いて来たのか、「グリッド・コンピューティングという新技術があるそうですが、今回のシステムで使えませんか」などと、とんちんかんな発言をするメンバーもいる。

 思わず角川は睡魔に襲われる。他のメンバーも同じだ。それを木下は黙って見ていた。

 夕方、会議が終わると、角川はさっそく内線で島本に連絡を取った。欠席の真意を直接本人に確かめるためだ。すると、電話では話しにくいのか、「製造部に来てくれ」という。角川は承知した。

 「前の会議の翌日、部長に呼ばれたんや。『プロジェクト進行の邪魔ばかりするから、担当を替えてくれ』と言われたんやって」。島本は単刀直入に切り出した。「部長も本当のところは分かってるようやけど、もともと俺がプロジェクトに出るのに反対だったからなぁ。これ幸いとばかりに、浦山取締役を説得しに行ったよ」と一気に続ける。

 「でも、島本さんがいないと…」。動揺した角川の言葉を島本はさえぎった。「実のところ、俺も正直、ホッとしているんや。浦山取締役の言うように、『今回のシステム刷新に併せて、現場の業務改革をしないと、他社とのコスト競争に負けてしまう』と思って憎まれ役を買って出たんやけど、あのまま会議に出ていたら、神経を消耗するばかりやからな。うちの部門からは、代わりにおとなしいやつを出すわ」。

 ここまで言われては角川も引き下がるしかない。別れ際、島本には「あんたも、大変やろうけど、がんばってな」と声をかけられたが、ほとんど頭に入らなかった。現場のまとめ役として期待していた島本がいなくなった今、木下の専横を止められるメンバーはもういない。