IDC Japan ITサービスシニアマーケットアナリスト 寄藤 幸治 氏 寄藤 幸治 氏

IDC Japan ITサービスシニアマーケットアナリスト
富士通を経て現職。海外営業,マーケティングなど多数のプロジェクトを経験。現在,ITサービス市場分析を担当。

 先日ある方に「ITサービス業界では大型のM&Aがありませんね」と指摘された。M&Aそのものが極端に少ないわけではないのだろうが,金融,流通などで見られる大型案件は確かに少ない。

 M&Aの戦略上の意図は,「外部向けポジショニング強化」と「内部のリソース強化」に分類できる。さらにそれぞれが,「現行事業の強化」と「新規事業領域の獲得」に細分化できる。ITサービス業界で多いのが,顧客企業の情報システム子会社を買収することによる「ポジショニング×現行強化」である。NTTデータや日本IBM,日立製作所などが,既存事業領域の競争力強化と収益拡大を狙って積極的に行っている。

 また,「ポジショニング×新規獲得」の最近の例では,システム構築に強みを持つ旧CTC(伊藤忠テクノサイエンス,現・伊藤忠テクノソリューションズ)と,データセンターアウトソーシングを得意とする旧CRCソリューションズの合併がある。NECによるアビームコンサルティングの買収は,「上流」への進出を狙った「リソース×新規獲得」の例だ。

 M&Aは必ずしも単一の戦略的意図で実行されるとは限らないが,こうして目的別に並べてみても,メガバンクの合併(ポジショニング×現行強化)や,大手製薬業の合併(リソース=R&D活動×現行強化)のような大型M&A案件は見当たらない。旧CTCと旧CRCの合併が比較的大きい程度である。

効率化の余地は少ない

 なぜITサービス業界では大型のM&Aが少ないのだろうか。さまざまな理由があろうが,ここでは「シナジー実現の難しさ」を挙げたい。ITサービス業では,エンジニアの質,量が競争力を左右する。そのため,製造業のようにM&AでR&D活動の効率化や部品共通化を図れたり,流通業のように共同購買による購入単価低減ができたりといった余地が小さいのだ。

 例えば,製造業の部品共通化に当たるシステム開発のテンプレート化や標準モジュールの活用は,多くの大手ベンダーが既に取り組み済み。カスタマイズされたサービス提供の多さも考えると,大手同士のM&Aが,さらなる効率化につながるとは簡単にはいえない。また,データセンターサービスのように規模の拡大が収益率を向上させるケースでも,M&Aではなく設備増強で対応可能である。

 ポジショニング強化にせよリソース強化にせよ,統合後のシナジー実現の姿を描きにくいことがベンダー経営者に大型M&Aをためらわせ,比較的リスクの小さい中小規模の案件に向かわせる一因になっていると考えられる。

 もっとも,「共通化」や「効率化」で表現されるシナジーは,事業のプロセスに関するものだ。しかしシナジーにはそれ以外に,「知識シナジー」とでも呼ぶべきものがある。筆者は,IT業界ではこの知識シナジー実現の余地が大きいと考えている。例えば,対象顧客や業界に関する知識や知恵を統合・強化し,より良いサービス提供に結び付けるシナジーを目指した「リソース×現行強化」のM&Aが考えられる。

 これらの知識や知恵は大手ベンダーほど豊富にあるため,M&Aの規模も大きなものになるだろう。知識シナジー追求の姿勢が,今後のITサービス業界での大型M&Aを促す可能性がある。