日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

<前号までのあらすじ> JUAS産業のレガシー・システム刷新は、社長室の“敵失”もあり、システム企画部の主張が通った。基本的には独自開発で、 ERPパッケージは採用しない。だが、それでは当初予定の15億円、2年では到底システムが完成しそうもない。見積もりとスケジュール作りを担当したシステム企画部課長補佐の角川は、課長の永山に下駄を預けたのだが…。



 「それでは、この予算とスケジュールで、今回のプロジェクトは進めたいと思います」。4回目のプロジェクト実務者委員会の冒頭、社長室長で、プロジェクト・マネジャ(PM)を務める木下の声がむなしく響いた。

 参加者から意見はまったく出ない。システム企画室の角川も、すでに発言する意欲を失っていた。

 木下が提出した原案は、予算が30億円から15億円に減らされていることを除けば、角川が課長の永山に提出した“たたき台”そのものだった。さきほど、そのことで異議を唱えたが、「社長の指示でベンダーから見積もりをとった上で減額した」と説明されては、これ以上の抵抗はできない。他のメンバーは、これまでのシステム企画部と社長室の確執にうんざりし、「早く終わらせたい」との空気を濃厚に漂わせていた―。このように、どう考えても合理的とはいえない手順を経て、JUAS産業のシステム刷新プロジェクトの予算と全体スケジュールは決まってしまった。

 こうしてプロジェクトは利用部門を含めたメンバーが集結し、本格始動することになったが、メンバーの人選にも大きな問題があった。木下は、「精鋭をプロジェクト専任で出してほしい」と各務部門の長に依頼した。社長の福井も「トップ・クラスの人材をプロジェクトに出すように。それができないようでは、普段のマネージメントが欠けている」とバックアップした。

イラスト:今竹 智

 だが、社長の指示を額面通りに受け止めた部門長はいなかった。プロジェクト・チームに入ると、調査分析から要件定義と外部設計が終わるまでの4カ月間、つまり年内は現場に帰ってこられない。

 販売部門は「そう簡単にエースを出せるか」と、ベテランとは名ばかりで定年間近の課長をプロジェクト・メンバーに選んだ。他部門の人選もおおむね似たようなものだった。

 それでも表面上は、各部門の精鋭が集まって、プロジェクト・チームは正式発足した。最初の仕事は、要求仕様の決定だ。毎週水曜日の全日を使って会議を開き、仕様を決める。会議の議長役は、木下ではなく、プロジェクト・リーダーであるシステム企画課長の永山が務めることになった。

会議・怪議・回議

 「それでは、第1回の要求仕様決定会議を開催します」。8月○日水曜日の午前9時、永山の司会で会議は始まった。「初対面のメンバーもいますから、まずは簡単な自己紹介を…そうですね、どなたからお願いしましょうか…では一番右端の方から手短に…」。いつものことだが、永山は会議進行が下手だ。

 角川は憂鬱になった。「永山課長のやり方では、時間がかかって仕方ない。ヘタするとシステム企画部の能力が疑われてしまう」と思っても、口に出すわけにもいかない。

 利用部門代表のメンバー6人も、1人を除いてやる気のなさが表情から読み取れた。永山が「これから新システムの要件を決めるわけですが、どのように進めればよいのか皆さんの意見をお聞きしたいと思います」と問いかけても、誰も答えない。

 たまりかねた永山が再三にわたって発言を促すと、販売部門のベテランが面倒そうに口を開いた。「今度のシステムは、あんたらシステム企画部が中心になって作るんだろう。業務がどうなっているかは聞いてくれれば答えるから、あとは任せるよ」。

 うろたえた永山はすがるように木下に視線を向けたが無視される。もう1人、社長室から参加している伊川は、メモを取るふりをして顔も上げない。

 「そのような意見もあろうかと思います。別の方はいかがでしょう」。気を取り直した永山は声を張り上げるが、誰も反応しない。

 1分近く続いた沈黙を破って、あるメンバーが発言する。「プロジェクトの開始時点で、作業の進め方についてコンセンサスをとる必要はわかる。いや、とらなければならない。特に仕様のオーソライズ方法は、明確に合意しておくべきだ。前回のシステム開発が失敗したのは、これが原因だった。永山課長も覚えていますよね」。

 あまりの正論に驚いた角川は発言者の顔を見たが、覚えがない。「島本」という名札を付けている。名簿によると、製造部門の代表だ。

 製造部門は、担当役員の浦山洋治が「現場を預かる部長たちの反対を押し切って本当のエースを出してきた」と噂されていた。10年以上前に製造畑に転じたが、浦山はもともとシステム担当だった。それだけに今回のプロジェクトへの思いは、他の部門長とは一線を画するのだろう。

 島本はさらに続ける。「仕様を決める手順がなくて混乱することと、仕様を決める難しさは別物でしょう。仕様決定の手順については、まずシステム企画部がたたき台を出してほしい。業務部門にゼロから意見を聞くのは、お門違いだ」。

 せっかくの島本の意見だが、永山は無視する。「貴重な意見をありがとうございます。ほかの方はいかがですか」とメリハリのない議事進行を続ける。すぐに昼休みで休会となった。

 午後の会議の冒頭、永山は資料を配布し、内容を説明しようとした。それにも島本がかみついた。「資料なら、事前に配布してもらえれば目を通しておく。会議は読書会ではない」。永山はうろたえた。「資料が出来上がったのが昨日の夜でコピーするのが精一杯でした。これから事前に配布するようにします」とつぶやくだけだった。

 さらに島本はつっこんでくる。「ざっと見る限り、機器構成を示す資料のようだが、どのようなシステムを作るのか決めないで機器構成が決まるのか」。

 永山はパニック状態で言葉を失った。島本は続けた。「機器構成とか要件定義の前に、そもそも『このシステムがなぜ必要なのか』を説明すべきだろう。要は、経営戦略と、そこから策定された情報化戦略だ。そこを抜かして戦術レベルの機器仕様を説明されても困る。まったく意味がない」。