日本情報システム・ユーザー協会 IT匠フォーラム

<前号のあらすじ> JUAS産業のレガシー・システム刷新計画は社長室主導でスタートした。社長室はERPパッケージの採用も視野にオープン化を推進。その裏にはベンダーの影もちらつく。システム子会社との関係もあって、後れを取ったシステム企画部は、課長の永山と課長補佐の角川をプロジェクト・チームに送り込み、巻き返しを図るが…。



 取締役会の1週間後、社内の部長以上を集めて、キックオフ・ミーティングが開かれた。当初の根回し通り、社長室長の木下が責任者(プロジェクト・マネジャ)に、システム企画部課長の永山が実務面のリーダーに任命され、プロジェクトは正式に走り出した。

 といっても実態は、社長室の若手、伊川資正が事務局役として実務を取り仕切っている。システム企画部の永山や角川は、内心穏やかではない。

 キックオフ・ミーティングの3日後、伊川から突然メールが来た。1週間後の実務者委員会の開催通知だ。

 角川はメールの末尾にあったメンバー・リストを見て驚いた。「永山課長。メンバーには、製造、販売、経理…、人事や総務の人間まで入っていますよ。いくら社長が全社プロジェクトと力説したからといって、これでは意思決定に時間がかかって仕方ありません」。

 「確かにそうだ。実務者会議は、新システムの仕様や概算予算、全体スケジュール、開発発注先ベンダーなどを決める重要な会だ。システムに詳しくない利用部門の人間ばかりでは、何も決められない。角川君、社長室に再考を促そう」。

 さっそく社長室に連絡を取ろうとした永山と角川を、部長の金山は止めた。「社の命運をかけた一大プロジェクトだ。最初から仲間割れしてどうする。とりあえず社長室の言う通りにやらせよう」。これが後に禍根を残した。

イラスト:今竹 智

利用部門を味方に付ける

 第1回のプロジェクト実務者委員会。最初の30分は社長室長の木下の独演会だった。「ハードとソフトに市販品を使い、システム・コストを大幅に下げます」、「小回りの利くオープン・サーバーを複数台並べて構成する分散型システムなので、利用部門の皆さんの要望に応えるのも容易になります」。利用部門側のメンバーの歓心を買うような発言が次々と飛び出す。ついには「この機会に何でも注文を出してください。よっぽどの無理難題でもない限り、実現しますから…」と言い出す。

 さすがに角川は黙っていられない。「木下室長。システム企画部にも発言させてください。お言葉ですが、限られた予算と期間のなかでプロジェクトを成功させるには、優先順位を明確にしなくては…」。

 木下はそれをさえぎる。「角川さん。それは古いホスト中心時代のやり方ではないですか。その結果が今のバックログの山でしょう。パッケージをうまく活用すれば開発コストと期間を圧縮できる時代が来たのがわかりませんか?」。利用部門出身のメンバーたちがいっせいにうなずく。

 「どうも分が悪い」。社長室がシステムの素人を実務者委員会に大量に参加させた魂胆が見えてきた。

 その後も、新システムの基本仕様や開発体制を巡って、社長室とシステム企画部は激しくぶつかった。議論はいっこうにかみ合わない。堂々巡りで結論が出ないまま、1回目の委員会は時間切れになった。

 1週間後に開かれた2回目も、状況は変わらなかった。社長室の木下は「ERPパッケージを全面採用、開発もベンダーに任せるべき」との主張を繰り返す。それに対して、システム企画部の永山は「パッケージを使うにしても、現場が使いやすいシステムにするにはかなりの作り込みが必要。そのためには、現場を知るJUASシステムズに開発をさせるべき」と反論する。

 利用部門出身のメンバーたちは、社長室とシステム企画部の争いを表向き傍観している。だが、最初の会議で木下が「ユーザーの要望はみな取り入れる」と宣言したのが効いている。形勢は明らかに社長室に傾いていた。

 開発体制の決定は、3回目の委員会に持ち越されることになった。「このまま多数決になったらまずいぞ」。角川は、ほぞをかんだ。