ここまで,大容量ルーターの内部にあるバックプレーンを開発するうえでポイントとなる三つの項目――(1)信号線の数,(2)周波数,(3)回路方式――について見てきました。ここでは,これら三つの項目のバランスを考慮した方式について,具体的に見ていくことにしましょう。

まずきょう体サイズから信号線の数が決まる

 最初のポイントは,「スイッチ・カードが備えるインターフェースの信号の数をどこまで確保できるか」という点になります。大容量ルーターでは,スイッチ・カードとライン・カードを1対1で接続する方式をとるため,スイッチ・カードにはすべてのライン・カードからの信号線が集まってきます。つまり,スイッチ・カードがバックプレーンと接続する部分で,最も信号線の数が多くなるのです。

 信号数を多く確保するためには,スイッチ・カードの幅を広くして,バックプレーンと接続するためのコネクタの接点をたくさん搭載すればよいということになります。ただ,先に述べたように,開発サイドとしては実装密度をできるだけ上げたいので,現実解を求める必要があります。

 大容量ルーターのきょう体にカードを搭載する方法は,垂直に搭載する方法と水平に搭載する方法があります。今回例として取り上げているアラクサラの「AX7800S」では,装置の高さを抑えることを重視したので,カードを水平に搭載する方式が有利と判断しました。水平にカードを搭載する方式を選択したことで,スイッチ・カードとバックプレーンを接続するためのコネクタの接点の数は,19インチラックの幅により決まることになります。

 実際に検討した結果,この部分のコネクタに利用できる信号線の数は,500信号程度が実現可能な値となります。

20~30%減衰する信号でもきちんと受信する

 さらに,ここまで見てきたように,スイッチ・カード1枚で384Gビット/秒のスループットを出す必要があるので,信号線1本当たりで,384Gビット/秒÷500本=0.768Gビット/秒のスループットを実現しなければなりません。ここで問題になるのが,スイッチ・カードのASICとライン・カードのASICの間の配線の長さです。

 配線が長くなると,その配線でやりとりする電気信号の減衰量が増え,信号がきちんと届かなくなってしまいます。配線の長さが同じでも,やりとりする電気信号の周波数が高くなるにつれ減衰量は増大します。スイッチ・カードやライン・カードを開発する場合は,カードに実装されるASIC間の配線の長さが,できるだけ短くなるように設計するわけです。

 アラクサラの「AX7800S」では,スイッチ・カードを装置の中央に配置することで,配線の長さが短くなるような構造を採用しました。しかし,これでも一番離れているライン・カードとスイッチ・カードの間の配線は,60cmを超える長さになってしまいます。

 60cmという配線長で0.768Gビット/秒のスループットを実現するには,やりとりする電気信号が20~30%減衰しても間違いなく受信できなければなりません。一般に,装置の内部インタフェースに使われる回路方式だと,ほとんど減衰しないことを前提に設計されています。こうした回路では,20~30%減衰した信号を正しく受信できません。

 先に見た図5の関係から考えると,信号線の数を増やさずに,より複雑な回路を設計するか,それとも信号線の数を増やして容易に開発できる回路を設計するか,どちらかに方向性を決めなければなりません。

 ただし,信号線の数は,先ほど見てきたように実装上の制約があるので,簡単に増やすことはできません。そこで,各ライン・カードからスイッチ・カードへ向かう上りの信号と,逆にスイッチ・カードからライン・カードに向かう下りの信号を,同じ信号配線に同時に通すことを考えました。これは,既存の機種でも採用した独自技術「SBTL」で実現できます。

3値の電気信号を採用し,1本の信号線で双方向の伝送を実現

 SBTLは「simultaneous bi-directional transceiver logic」の略で,1本の信号線に双方向の電気信号を同時に載せてやりとりする方式です。信号線上で,ハイ・レベル,中間レベル,ロー・レベルの3値で信号を表現します。

 二つのASIC――ASIC_LとASIC_R――の間の信号伝送を例に,SBTLのしくみを見ていきましょう(図6)。

図6●バックプレーン部分の伝送に使われる符号化方式「SBTL」
図6●バックプレーン部分の伝送に使われる符号化方式「SBTL」
(simultaneous bi-directional transceiver logic)
[画像のクリックで拡大表示]

 そもそも,スイッチ・カードおよびライン・カードに実装されたASICの内部では,ハイ・レベルとロー・レベルの2値で信号を処理しています。図6では,ASIC_LからASIC_Rに向かって「LLHLL」(Lはロー・レベル,Hはハイ・レベルの信号を表す)の信号列を送っており,同時にASIC_RからASIC_Lへは「LHHHL」の信号列を送っています。これを同時に1本の信号線に載せるので,信号線上の電気信号は「LMHML」(Mは中間レベルを表す)となります。

 双方のASICは,この信号列から自分の送り出した信号列を基準に,受け取る信号の判定レベルを切り替えることで,受け取り信号列を抽出します。こうして,1本の信号線に双方向の信号伝送を実現するわけです。

 SBTL方式を採用すれば,双方向の伝送を1本の信号線で実現するので,見かけ上の信号線の数は2倍になります。つまり,やりとりする電気信号の周波数を2分の1にできるのです。すでに機器に採用済みのSBTL方式を改良すれば,先に見た0.768Gビット/秒のスループットを達成できる見通しが立ったので,AX7800Sでは,新たに設計したSBTLの専用回路をASICに組み込んで実現しています。

 実際の信号を測定器で観測した波形を図7に示します。横方向が時間で,縦方向が電圧になっています。やりとりする信号が,ハイ・レベル,中間レベル,ロー・レベルの3値になっていることがわかるでしょう。

図7●SBTLの実測の信号波形
図7●SBTLの実測の信号波形
[画像のクリックで拡大表示]

ASICのピンの部分にもSBTLを採用

 ここまで,バックプレーンについて説明してきましたが,装置をまとめるためには,各カードに複数搭載するASICの大きさについても,最適な大きさを選定する必要があります。ASICを搭載するカードの面積にも限界があるので,ASICを小型化できれば,装置も小さくまとめられるのです。

 このASICの大きさを決めている要因の一つが信号ピンの数です。スイッチ・カードとライン・カードの間のインターフェースと同様に,ASICの信号数と周波数でも最適な選択を迫られます。カード間の接続については,先の説明のとおりSBTLという方式を採用することで解決できました。一方,カード内のASIC間接続についてもSBTL方式を採用することで,スループットを下げずにピン数を減らすことできました。結果として装置を小型化できたのです。

 今後も,インターネット・バックボーンの帯域がどんどんと拡大されていくと予想されます。それに合わせてルーター装置への要求も,さらに高速化・大容量化していくと思われます。また,イーサネットについても,すでに100Gビット/秒の規格化が進んでいるようです。これまで以上に処理能力を向上させたルーター装置の開発を,今後も進めていこうと考えております。

林 剛久(はやし たけひさ)
アラクサラネットワークスCTO
1980年に日立製作所入社。メインフレームやUNIXサーバーなどのコンピュータ関連開発に従事したのちに,1998年よりルーターおよびスイッチ開発チームの責任者となる。独自開発ASICのハードウエア転送によるハイエンド高速ルーター/スイッチ・シリーズを製品化。また,世界に先駆けてIPv6を実装し,実用化をリードする。現在,日立製作所とNECが合弁で立ち上げたルーター/スイッチ事業会社であるアラクサラネットワークスのCTOを勤める。(アラクサラネットワークスのホームページ

松本 隆(まつもと たかし) アラクサラネットワークス 第三製品開発部
1974年に日立製作所入社。メインフレーム用LSIのテスタ開発に従事した後、サーバー、ルーターの実装技術開発を担当。現在、アラクサラネットワークスで実装技術開発に従事している。

<<【1】を読む