最近ではあまり耳にすることがなくなったが,かつて「複合文書」「複合ドキュメント」といったキーワードが盛んに叫ばれた時代があった。

 複合文書は,一つのデータ・ファイルが複数のアプリケーションのデータで構成されている文書のことを指す。例えば,Microsoft Excelのワークシートがアクティブなまま貼り付けられているWordの文書といったイメージであり,今となっては当たり前の技術である。

 ご存じのように,これは米Microsoftが開発したOLE(Object Linking and Embedding)というアプリケーション通信技術がベースになっている。OLEはその後,OCXやActiveXといったコンポーネント(ソフトウエア部品)の技術につながった。

 WindowsではOLEが標準であるが,以前には米Apple(当時Apple Computer)と米IBMが提携して開発したOpenDocという同様の技術もあり,それぞれのメーカーが販売するOS上で実装されていた。1990年代前半,こうした技術は「複合文書」を実現し,ひいてはソフトウエア部品化をもたらす仕組みとして大いに注目を集めたのだ。

 OLEとOpenDocは,ともに複合文書を実現するものだが,アプローチの手法が異なった。前述の通りOLEでは,Wordの文書にExcelで作った表を貼るといった具合にアプリケーションを中心に文書を作成する。一方,OpenDocでは,まっさらなウィンドウの上に,テキストや表,画像などを部品のように貼り込んでいくデータ中心の作成手法になっていた。

 どちらのスタイルが良いといった話ではない。OpenDocを語るとき,そのデータ中心の手法が今だに印象に残っているのだ。そしてつい最近,あるアプリケーション・ソフトの新製品発表会でそれを思い起こした。

 ジャストシステムは2007年3月23日に「xfy Enterprise Edition 1.5」を出荷開始した。xfy(エクスファイ)は,XML文書の作成/編集およびXMLアプリケーションの作成/実行基盤である。これまでにベータ版の発表やイベントの展示などで見聞きした方も多いだろう。

 xfyでは,まっさらなウィンドウに,XHTML,SVG,MathML,CMLといった様々なXMLデータを自由に混在させて貼り込むことができる。一つのデータソースを異なる見せ方で同時参照したり,データベースとの通信を保ったまま動的に値を取得/表示するといったことも可能だ。発表会でそのデモを見ていたとき「ああ,これはOpenDoc的だ。ジャストシステムこだわり技術の結集だな」とつらつら思ったのだ。

 ワープロ・ソフト「一太郎」を擁するジャストシステムは,パソコン黎明期からずっと,様々な文書をいかに効果的に/効率的に作成するかに注力してきた会社である。そして,複合文書の実現に人一倍のめり込んできた会社でもある。

 実際,MS-DOS時代から,一太郎はグラフィックス・ソフト「花子」で作成した画像を自由に貼り付けられることが特徴だった。そうしたアプリケーション連携を容易に行うために,DOS上に自前のウィンドウ・システム「ジャストウィンドウ」を作ったりもした。

 Windows普及以降は,世界中で発表される文書作成/ソフトウエア部品化に関する技術開発やXML標準化作業に積極的に参画してきた。OpenDocもその一つである。AppleとIBMがOpenDocの普及/推進団体である「CL Labs」(1997年に解散)を組織すると,ジャストシステムはそのフルメンバーとして参加している。

 OpenDocが衰退した後も,ジャストシステムは自力でMicrosoftに対抗してきた。OCX互換のコンポーネント(JOCA:Justsystem Open Componennt Architecture)で作り替えた「一太郎7」,すべてをJavaで開発した「一太郎Ark」などがそれだ。

 これらの試みは,営業的には必ずしも成功したとは言えないし,しばしばドンキホーテに例えられたりもした。しかし,無駄ではなかった。技術の蓄積は確実に同社の中に積み重ねられていたようだ。xfyにはそれが見られる。

 xfyの本体は,長年デスクトップの使い勝手にこだわるジャストシステムらしく,クライアントで動作するJavaアプリケーションである(一部サーバー・ソフトもある)。そして様々なXMLコンポーネントを扱える複合文書作成環境である。クライアント,Java,XML,コンポーネント,複合文書──これに日本語変換/検索技術(ATOK,CoceptBase)が加われば,ジャストシステムの“こだわりフルセット”だ。

 ただし,xfyが成功するかどうかは,筆者にはわからない。発売されたばかりのxfy Enterprise 1.5は,企業システム向けのXMLアプリケーション・フレームワークという位置付けになっているが,そのメッセージでは活用方法が今ひとつ伝わりにくい。

 仮に,ほかのメーカーやベンダーがxfyを販売するとしたら,もっと汎用性を薄めて,何かの業務に特化したアプリケーションにするのではないかと想像する。そのほうが,購入決定権を持つ管理者がハンコを押しやすいからだ。

 ただし,内部統制によって文書作成業務が急増するという追い風もある。社内文書のXML化が進んだ会社であれば,xfyは業務システムのデータやフローに合わせた文書を柔軟に作成できるという特徴を生かせるだろう。

 いまやジャストシステムは,“一太郎だけ”の会社ではない。カーナビなどの組み込み機器に搭載されるATOKのOEM事業,カスペルスキー製品などのコンシューマ向けソフト販売が好調のJust MyShop,学校/教育機関向けソフト販売などが会社を支えている。

 ジャストシステムの浮川和宣社長の話には,「夢を実現する」「思いを込める」といった言葉が頻繁に登場する。今どきのしゃれたITベンダーの経営者は,こうしたことをあまり口にしないし,言ったとしても聞くほうが面はゆい気分になる。しかし,相変わらずぼくとつな浮川社長が口にすると違和感がない。

 浮川社長の複合文書実現の夢は,xfyに受け継がれた。この先どうなるか。xfyの評価はこれから始まる。