エンタープライズ2.0の世界に向かうにあたって、新しい基幹システムをどう作っていくのか。ヒントは、Web2.0の世界にある。これは「Web技術を使うべき」ということではない。Web2.0の考え方や開発手法から、エンタープライズに役立つ部分を学ぼうという意味である。
日経コンピュータ2006年4月3日号の記事を原則としてそのまま掲載しています。執筆時の情報に基づいており現在は状況が若干変わっていますが、SaaSやEnterprise2.0の動向に興味のある方に有益な情報であることは変わりません。最新状況は本サイトで更新していく予定です。 |
みんなで作る
ヒントの一つは、「みんなで作る」である。ここまでに見た「マッシュ アップ」のような手法を使って、外部の情報コンテンツやサービスを簡単に組み合わせ、システムを“作る”。さらにWeb2.0の世界では、顧客や開発者が協力しあって、システムを改善していくことが期待されている。
ブログ関連サービスをてがけるベンチャー企業WEB2.0の佐藤匡彦 技術統括マネージャーは、相互協力によるコンテンツ改善メカニズムをこう説明する。「サービス提供者が情報コンテンツやサービスをオープンにすると、外部企業や顧客が自分のシステムやサービスにそれを組み込む。さらにコンテンツを利用した顧客やサービス会社が、もともとのコンテンツを改良してくれるようになる。こうして情報コンテンツの価値が高まっていく」。サービス提供者と利用者の双方にメリットが出るわけだ。
「参加者全員で情報コンテンツの価値を高める」という考え方を突き詰めたサービスは、企業情報システムの世界でも登場している。CRM(顧客関係管理)のASP(アプリケーション・サービス・プロバイダ)、米セールスフォース・ドットコムが、2006年1月に開始した「AppExchange」である。
AppExchangeは、セールスフォースのASPサービス「Salesforce」を補完する、他社のアプリケーションをセールスフォースのWeb上で取引する仕組みだ。ソフト・ベンダーは、Salesforceと組み合わせて使えるアプリケーションを開発し、それをAppExchangeのWebサイトに登録できる。Salesforceの導入企業は、登録されているアプリケーションの中から自社に適したものを選び、インターネット経由で利用する。現在は全世界でCRMや営業支援など、約180種のアプリケーションが登録されている。
興味深いのは、顧客企業が登録アプリケーションの使い勝手を評価し、それを書き込めることだ。評価結果は公開され、それによって各アプリケーションのWebサイトにおける掲載順位を変動させる。つまり、評価が良くなるほど上位に掲載され、顧客企業の目にとまりやすくなり、利用者数が増えていく。逆に、評価の悪いアプリケーションは表示が下位になり、新規の利用者は増えず、淘汰されていく。
セールスフォースはこの自然淘汰の仕組みを「ビジネスWeb」と呼んでいる。これは、Web2.0の「ユーザー参加」という考え方と合致する。
向こう側が信じられるか
もちろん、企業情報システムの領域において、こうした仕組みが機能するかどうか、未知数だ。「Webの向こう側にいるアプリケーション開発者を信じるかどうか。会ったこともないベンダーが開発したアプリケーションなど信じられない、という考え方は、それはそれで一つの方針だ」(セールスフォース日本法人の榎隆司執行役員製品・サービス・技術統括本部長)。
反対に、多くの開発者が参加するからこそ、アプリケーションの品質が良くなる、という考え方もあり得る。理屈の上では、AppExchangeにおいて品質の低いアプリケーションは淘汰されていくからだ。「Webの持つ“自浄作用”を信じるならば、全世界にいる膨大な開発パワーを利用できる」(榎執行役員)。
また、情報コンテンツの公開については、グーグルやアマゾンに後れを取っていたヤフーの日本法人が、公開路線に舵を切った。「80以上あるヤフーの全サービスの情報を活用するために、APIを公開していく。05年12月に検索用APIを公開した。今後はニーズの高い地図やオークションを公開していく」(マーケティング部)。オークションについては06年3月中に一部のAPIを公開する予定だ(図)。
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図●社内ですべて作る時代から、外部の情報コンテンツを取り込む時代へ [画像のクリックで拡大表示] |
価格比較サイト大手、ECナビは今年中に、商品データベース情報の一部を引き出せるようにする。ECナビはデジタル関連製品、家電、本、食品、化粧品、衣料品、自動車など270万もの商品の価格情報を扱っている。
同社で先進技術の研究・開発を手がけるシステム&クリエイト本部の須藤洋一氏は「研究用サイトであるECナビラボで試験的に、コンテンツを引き出すためのAPIを公開する予定だ。当初は、パソコンをはじめとしたデジタル関連商品の商品名、スペック、最安値情報を引き出せるようにする」と話す。
使いやすさをとことん追求
Web2.0から学ぶ、システム作りのヒントの2番目は、使いやすいようにとことん“やさしく”作ることである。もちろん、企業情報システムの利用者と、一般消費者とでは、期待するユーザー・インタフェースの質が異なる。ただし、エンタープライズ2.0の世界においては、企業は自らのシステムを公開し、不特定多数の顧客に使ってもらう場合も出てくる。その時は、ユーザー・インタフェースを徹底的に使いやすくしておくことが望ましい。
インターネットの世界でブログという使い勝手のいいツールが登場し、一般利用者からの情報発信数が爆発的に増加したように、使いやすさは利用者数の拡大を促すからだ。使いやすさを上げるには、音声や動画の活用や、操作に対して待たせずすぐにレスポンスを返す軽快さなどが求められる。
使いやすいユーザー・インタフェースの模索は過去から綿々と続けられている。Visual Basicなどの開発ツールで作った画面、Flashなどのリッチクライアント、日ごろ使い慣れたマイクロソフトのOfficeアプリケーションが代表的なインタフェースであろう。
これらに比べ、Webの操作画面は、ソフト配布が不要で、誰もが使い方を理解しているという利点があったものの、表現力や使い勝手、機能で劣る面が多かった。最近になって、Ajax技術を活用することで、インタラクティブで使い勝手のよいユーザー・インタフェースをWebで構築できるようになりつつある。
プラットフォームはパソコンだけに限らない。今後は携帯電話、パソコン、携帯電話、携帯ゲーム機など機器が違っても同じコンテンツが同じインタフェースで見られる時代が間近に迫っている。こうした幅広いインタフェースへの目配りも求められる。
マイクロソフトも「2.0」へ
長年にわたってユーザー・インタフェースに影響力を発揮してきた米マイクロソフトは06年3月16日(米国時間)、「People-Ready」と呼ぶ新たなビジョンを発表した。スティーブ・バルマーCEO(最高経営責任者)によると「People-Readyとは、世界規模で社員が協調作業をし、顧客とオープンなコミュニケーションがとれる」ことだ。
マイクロソフトはこのビジョンのもと、電子メール、電話、インスタント・メッセージなど各種のコミュニケーション・ツールを統合し、WebブラウザやOfficeといったクライアントの違いによらない、共通で使い勝手のよい操作環境を提供する。People-Ready構想の核となる新OS「Windows Vista」は、RSSリーダー機能を標準で搭載するなど、Web技術を取り込んでいる。
People-Readyビジョン自体は、Windows Vistaなど新製品を拡販するためのマーケティング・キャンペーンである。ただし、顧客企業のエンタープライズ2.0への進化をマイクロソフトなりに支援しようとしていると見ることはできる。
では、エンタープライズ2.0への進化を阻む課題は何だろうか。Webの現在の姿と将来の可能性を描いた『ウェブ進化論』の著者、ミューズ・アソシエイツの梅田望夫氏は、大組織の情報システムをWeb2.0から最も縁遠い存在と述べている。企業情報システムのすべてがWeb2.0の世界に移行するわけではないが、まったく無縁であり続けることもない。
問われる企業の開放性
梅田氏によると、問題は技術にあるのではなく、「企業の開放性」にある。企業をすんなり外に開いていけるかどうかということだ。そもそも企業を開くという姿勢は、ここ数年企業が奔走してきたセキュリティ対策や、これから数年にわたって取り組むはずの内部統制と逆行する。
梅田氏は「トレードオフという概念が重要」と指摘する。「絶対に間違いがあってはならない」という前提を置いてしまうと、開放性を伴う2.0の考えを導入できない。開放性の議論にコストを入れ、かけたコストに対して得られる効果、あるいはリスクを冷静に評価し、判断する姿勢が重要という。
「開放的な経営を志向する会社が、Web2.0を活用し、競争力を得る。その実例を目にして、旧来型組織も少しずつ動いていく」(梅田氏)。
巻頭に「重要な情報は、現在の情報システムで得られない」というドラッカー氏の指摘を引用した。インターネットの出現を踏まえ、同氏は「ようやくマネジメントは、外部の世界についての情報システムをつくるための一歩を踏み出す」とも述べていた。
第一歩を踏み出せるかどうかは、情報システムの担い手次第だ。2.0の世界は1.0と地続きであり、しかも短期間でシステムを用意できる、新しい世界である。従来型の基幹システム開発プロジェクトを着実にこなす一方で、顧客に喜ばれるWebサービスを素早く提供する。企業をエンタープライズ2.0へと進化させられるのは、こんな臨機応変な取り組みができる情報システム部門、すなわち「情報システム部門2.0」と言えるだろう。
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