第1部:個人向け製品編(つづき)

 もう一つ,今後の無線LAN製品の使い勝手を大きく変える出来事がある。2007年5月に予定されている総務省令の改正だ。そのポイントは二つある。

 一つはチャネル・ボンディングを使った通信ができるようになることだ。チャネル・ボンディングとは,隣り合った二つのチャネルを束ねて帯域幅を増やすことで,通信速度を2倍強にする技術のことである(図1-4の右上)。

図1-4●総務省令改正で5GHz帯のチャネルが11チャネル追加される
図1-4●総務省令改正で5GHz帯のチャネルが11チャネル追加される
2007年5月ごろに総務省令が改正され,新たに5470M~5725MHz帯が無線LANに開放される見込み。そうなると,5GHz帯で使えるチャネル数は19チャネルになる。また,新旧のいずれのチャネルでもチャネル・ボンディングができるようになる。なお2.4GHz帯のチャネル・ボンディングについては現在検討中。  [画像のクリックで拡大表示]

 無線LANでは1チャネルの帯域幅が約20MHzと決まっている。OFDMを使うIEEE802.11aと11gの場合,この20MHzの中に52本のサブキャリアを立てて,このうち4本を制御用に,48本を通信用に使っている。

 チャネル・ボンディングでは,2チャネル分の40MHzを束ねて使う。この中には,114本のサブキャリアがある。このうち制御用に使うのは6本。残りの108本はすべて通信用に使えることになっている。その結果,1チャネルで通信するときの2倍以上の通信速度が実現できる。

 このチャネル・ボンディングは,IEEE 802.11nの規格に含まれている。ただ,現在の日本の法律では無線LANのチャネル幅は20MHzと決められているため,チャネル・ボンディングが使えなかったのだ

総務省令で11aに11チャネル追加

 もう一つのポイントは,IEEE802.11aで使う5GHz帯を拡充し,新たに11チャネル分を追加することだ(図1-4)。これで5GHz帯のチャネルは合計19チャネルになる。

 5GHz帯にはこれまでW52(36~48チャネル)とW53(52~64チャネル)の二つの周波数帯が開放されていたが,屋外で使えないなど不便な点がある。

 特にW53は,利用する帯域が気象レーダーと重なっている。気象レーダーとの干渉するのを防ぐため,アクセス・ポイントのチャネルが気象レーダーとぶつかった場合は,30分以上そのチャネルを使えない。このため,窓際などにアクセス・ポイントを置くとチャネルが変わってしまい通信環境が安定しないので,実際はW52の4チャネルしか使えないこともある。

 5GHz帯のチャネルの拡張は,こうした状況を解消する。

本命製品の登場は2007年夏ごろか

 「今度の総務省令の改正は無線LAN機器に大きなプラス」と無線LAN機器メーカーの担当者は口をそろえる。省令改正でチャネル・ボンディングが使えるようになれば,それ以降発売されるIEEE802.11n対応製品の伝送速度は130Mビット/秒の2倍強となる最大300Mビット/秒になる。また,チャネル・ボンディングは,チャネル同士が重ならない5GHz帯の方が効果が高いことから,今後は家庭でも5GHzの利用が増えるだろう。周囲との干渉を考慮すると,同時に使えるチャネル数は多い方がいい。

 総務省令改正がスケジュール通りに実施されれば,「2007年夏ごろには各メーカーから総務省令改正に対応した製品が出てくるのでは」とコレガの商品本部製品プロデュースI部の藤川 為広氏は見る。

 さらに,この時期はIEEE802.11nのドラフト2.0の登場と重なる可能性も高い。そうなると,ファームウエアの更新で正式版にアップグレードできるドラフト2.0対応で,かつチャネル・ボンディングも活用できる製品が出てくることになる。これこそ次の無線LAN製品の本命と言えそうだ。

メーカー独自の簡単設定機能を搭載

 最後に,無線LANの設定を簡単にする設定ツールについて説明しよう。

 最近の無線LAN機器は,メーカー独自の設定ツールを搭載しているが多い。NECの「らくらく無線スタート」やバッファローの「AOSS」などが有名だ。これらのツールでは,設定用の専用ソフトの指示に従ってアクセス・ポイント本体に付いているボタンを押すことでアクセス・ポイントと子機の設定ができる。また,コレガが一部機種に採用している米アセロス・コミュニケーションズの「JumpStart」のように,専用ソフトで周囲のアクセス・ポイントを検知し,それをユーザーが確認,承諾することでアクセス・ポイントと子機の設定が完了するタイプのものもある。

 これらのツールを利用すると,無線LANルーターと子機をつなぐのに必要な設定を自動化できる。しかも,通信はWPAやWPA2といったセキュリティ・レベルの高い暗号化方式で暗号化するように設定されるので,無線LANのことをよく知らないユーザーでも安全だ。

 また,NECのらくらく無線スタートやバッファローのAOSSは,任天堂の「Wii」や「ニンテンドーDS」,ソニー・コンピュータエンタテインメントの「PSP」など無線LAN機能を搭載したゲーム機,プリンタなども対応している。これらの機器はパソコンと違ってキーボードがないため,手動でWEPやWPAの暗号キーを入力するのが面倒だ。設定を自動化できる設定ツールの利点は高い。

Wi-Fiが簡単設定の認定を開始

 ただ,これらの設定ツールはあくまでもメーカー独自のものなので,アクセス・ポイントと子機側が同じメーカーの設定ツールに対応していないと使えない。無線LANを利用する機器が増える中,メーカーに縛られずに使える標準的なしくみが必要になってきた。

 そのため,Wi-Fiアライアンスは設定ツールを標準化し,2007年1月から「Wi-Fi Protected Setup」(WPS)という名前でアクセス・ポイントや子機の認定を開始した。

 これを受けて,NECは2006年11月に発売した無線LANルーター「Aterm WR8200」やPCカード「AtermWL130NC」をWPSに対応させる方針だ。コレガも2007年1月末に対応製品を発売する予定である。

子機によって接続方法を使い分ける

 WPSの設定ツールには大きく分けて二つの設定方式がある(図1-5)。アクセス・ポイントは原則として両方の方式に対応しなければならない。子機は形状などによっていずれかの方式を採用することになる。

図1-5●「Wi-Fi Protected Setup」のしくみ
図1-5●「Wi-Fi Protected Setup」のしくみ
Wi-Fiアライアンスは「Wi-Fi Protected Setup」という名称で簡単設定の手順の標準を策定した。標準化された手順は2通りあり,子機の種類や形状によって使い分ける。  [画像のクリックで拡大表示]

 子機がパソコンなどの場合はソフトウエアを使った方式を使う。子機側で専用ソフトを起動し,画面上の入力欄にアクセス・ポイントのPINコードを入力する。PINコードはアクセス・ポイントの出荷時に割り振られている機器固有の文字列で,本体にシールなどで貼り付けられる予定だ。

 ユーザーがPINコードを入力すると,子機はそれをアクセス・ポイントに送信。アクセス・ポイントが自分のPINコードと同じであることを確認して認証する。認証されると子機はアクセス・ポイントに設定情報を要求し,アクセス・ポイントがそれに応える形でESS-IDやWPA/WPA2の暗号キーなどの情報を子機に送り込む。子機がそれを設定すれば,接続は完了だ。

 子機がゲーム機やプリンタのようにキーボードを装備しないものの場合はもう一つのプッシュ・ボタン方式を使うことになるだろう。この方式では,まず子機側に付いている設定用ボタンを押し,次にアクセス・ポイント本体の設定用ボタンを押す。すると,子機とアクセス・ポイントが相互に認識。アクセス・ポイントが子機にESS-IDやWPA/WPA2の暗号キーなどの情報を送り込むしくみになっている。

 ただ,すでにある無線LANネットワークに新たに端末を追加する場合は,すでに無線LANにつながっているアクセス・ポイントもしくは子機から,新たに追加する端末を登録するという方法もある。無線LANアダプタを装着したパソコンがWPSで設定する無線LANにつながっていれば,そのパソコンで無線LANアダプタの設定画面を開き,そこから新たに追加する機器のPINコードを設定すれば,それだけで新しい機器はセキュリティの高い無線LANに参加できるようになるというわけだ。ゲーム機などはプッシュ・ボタン方式でも追加できるが,アクセス・ポイントが高い位置にあってボタンを押しにくい場合もあるだろう。そんなときはこの方法が便利だろう。