前回まで,放送の同時再送信に関する平成18年の著作権法の改正を取り上げました。今回は,放送と通信の融合に関する著作権のありかたについて,今後どのような展開があり得るかを考えてみたいと思います。

 平成18年の同時再送信に関する法改正の契機となった「著作権分科会(IPマルチキャスト放送及び罰則・取締り関係)報告書」では,IPマルチキャスト放送における同時再送信以外(いわゆる自主放送)の部分の取り扱いについて,

(ア) 著作隣接権の付与の可否など論点が広範にわたること,権利が制限されることとなる実演家等の理解を得る必要があることから,十分な準備期間を設けた上で検討する必要があること

(イ) WIPOで検討されている放送条約案の検討状況や,今後の通信・放送の融合に係る放送法制の見直しの検討状況,IPマルチキャスト放送の実態を見極める必要があることから,直ちに制度改正を行うことはできず,今後,引き続き検討を行った上で結論を得るべきである

として,引き続き検討するとしています。しかし,「十分な準備期間を設けた上で」と断っているように,数年後の改正を予定しているわけではなさそうです。もとより,IPマルチキャスト方式でない,一般のインターネットによる放送の権利制限などの動きも当然期待できる状況ではありません。

 このような状況ですので,著作権の側面における放送と通信の融合というのはなかなか難しいと言わざるを得ません。

著作権法の改正だけで融合が進むわけではない

 ただし,一言断っておけば,著作権法の改正をすれば,放送と通信が直ちに融合するというものではありません。インターネットでテレビ番組のような放送コンテンツが流通しないのは,著作権法の問題だけではないからです。どちらかというと著作権法の比重は小さいのではないでしょうか。

 確かに,コンテンツ保有者が違法コピー問題などの理由でネット配信を好んでいないということはあるでしょう。しかし結局のところ,ネット配信が大きく広がらないのは,コンテンツ保有者にとって儲けが少ないからという理由が大きいようです(注1)

 ネット配信で一番望まれているコンテンツが,テレビ番組であることは間違いないでしょう。YouTubeで配信されている日本語のコンテンツのほとんどがテレビ番組を録画したものであることからも,それは明らかです。

 テレビ番組のコンテンツの著作権は基本的に放送局が保有しています。民間放送局の収益のほとんどは広告収入であり,広告収入は視聴率を元に算定されます。従って,テレビ番組による収益を最大化させるためには,視聴率をどう確保するかが最も重要になります。しかし,ネット配信による視聴が視聴率のカウントに入らない以上,ネット配信は視聴率を下げる要因にしかならないのではないか,という認識が放送局にはあるようです(注2)

 ネット配信からの収益がまったく期待できないわけではありませんが,その絶対的な金額はテレビ放送での広告収入とは現時点では比べものになりません。結局,放送局の収益モデルの問題であり,これは著作権法をいじったところで解決する問題ではありません。それに加えて,前回までの解説でも明らかなように,放送と比較してネットでは著作権処理の手間が余計にかかります。収益が少ないのに,著作権処理の手間までかけられないという事情もあるようです。

 著作権処理の手間およびコストという問題は,ネット配信からの収益がそれなりに大きければ解決します。実際,著作権処理にネット配信と同じだけの手間がかかるテレビ番組のDVD化は行われています(もちろん,収益が見込める番組だけですが)。このことから考えても,結局のところどれだけの収益が上がるかが融合に向けてのポイントであって,著作権法の定めが決定的な要因とは言えないのです。

権利処理を円滑化するデータベースの整備が必要に

 今後の放送と通信の融合の方向性ですが,テレビ放送の広告に依存した放送局の収益モデルが直ちに成り立たなくなる可能性は少ないでしょう。長期的に見るとネット広告の比重は高まるでしょうが,マス広告自体の必要性はなくならないと考えられるからです。だとすれば,放送局のコンテンツに期待するのではなく,ネット配信事業者が自らコンテンツを制作する,あるいはコンテンツの制作会社と提携していくしかないでしょう。そして,ネット配信事業者が自らコンテンツを制作する場合は,制作段階で著作権をきちんと処理しておけばよいのです(注3)。ただし,コンテンツ制作は当たりはずれのある世界であり,そのリスクをとれるだけの財務的な基盤があるかどうかは問題になります。

 もう一つは,著作権の権利処理をどう円滑にしていくかということです。この点は著作権者に関するデータベースの整備が必要になります。音楽についてはJASRAC(日本音楽著作権協会)のような著作権管理事業団体が存在しますから,データベースが比較的整備されていると言えます。しかし他の著作物については部分的,あるいは内部者向けのデータベースがあるだけで,整備は不十分な状態です。

 このような事態を打開しようとする動きもあります。その一つとして,様々なコンテンツの著作者等が分かる「コンテンツ・ポータルサイト」の運営が予定されています(注4)。同サイトは,「日本で創造された映画やテレビ番組,アニメーション,ゲーム,音楽,書籍,写真などの優良なコンテンツに関する基本情報が検索できる情報サイト」であり,分野横断的なデータベースの整備が予定されているようです。同サイトがうまくいくかどうかには,著作権者がどの程度協力してくれるのかなど,いくつかのポイントがあります。コンテンツ保有者,利用者(二次利用者,一般ユーザ)双方にとってメリットがあるような形にできるかどうかが問題でしょう。

 いずれにしても,ネット配信を推進するのであれば,もう少しネット事業者側がリスクをとるなり,資金を投入するなど,単なる仲介者の立場を脱する必要があります。そうでなければ,コンテンツ保有者側が動かないという状況がしばらく続くのではないかと思われます。

(注1)この点については,吉野次郎著「テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか」が詳しい
(注2)ネット配信が視聴率とどのような関係にあるのかはもう少し実証的な検証が必要だと思います
(注3)もちろん,放送コンテンツでも制作時にきちんと二次利用に関する著作権処理を行えばよいのですが,あまり儲からないので手間をかけて行っていない,また,過去のコンテンツについてはそのような処理を行っていないので,二次利用が進まないという背景があるようです
(注4)詳しくは,日本経団連の「コンテンツ・ポータルサイト運営協議会設立」に関する文書を参照してください


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。