1997年当時,米Appleは破産の危機に瀕しており,パートナーからの財政援助を必要とした。そこでMicrosoftの複数の重役が,Appleを援助するべく,Appleの市場シェアとMicrosoftのMac事業部(Mac Business Unit)の売上高が下降している中でも「Mac Office 98」をリリースするよう,Microsoftの首脳を必死で説得した--米国アイオワ州における集団代表訴訟の過程で,こんな事実が明らかになった。

 もっとも,Macコミュニティの人たちは「MicrosoftがAppleを助けようとした」などとはまったく思っていないようだ。米国のMacworld誌によれば,裁判の過程で明らかになったこの文書は「Microsoftが,Appleに大きな痛手を与えるためにMac用Officeを放棄することを検討していた」ことの証拠であり,「Microsoftのビジネス手法に対する大きな批判」の原因になっているのだという。彼らの言い分はセンセーショナルであり,Microsoftを痛烈に批判しているが,その言い分が正しいか,文書の内容を実際に見てみよう。

 1997年6月,当時のMicrosoftのCEOであるBill Gates氏とMac事業部のマネージャであるBen Waldman氏が交わした電子メールで,Gates氏はWaldman氏が「Microsoftに成功をもたらす,すばらしい製品への情熱」を示したことに感謝の意を表している。Gates氏はその電子メールで,「私は,われわれがMacのビジネスを軽視していたことを認める。Macが勢力を失いつつあっても,この製品の開発を続けるならば,(各国の子会社に)ローカライズされた製品に最善を尽くすよう要請する」と続けた。

 この文面からGates氏を悪人だと思う人は,Gates氏が何に対して感謝を表しているのかを考えてほしい。Waldman氏はまず,次期Mac Officeのリリースを熱望するMac事業部が,Appleとのやり取りのペースに苛立っている,とGates氏に語っている。「Mac Office(98)を中止すると脅すことは,われわれが持つ最強の交渉手段でしょう。そうすれば、非常に大きなダメージを直ちにAppleに与えられます。しかし,これらのやり取りの結果に関係なく,Mac Office(98)は出荷すべきであると考えます」(Waldman氏の電子メール)。

 Waldman氏はその後,Mac Office 98を出荷すべき理由を並べ立て,Mac事業部がそのリリースによる成果に対して確固たる自信を持っていることを示した。Mac Office 98は「優れた製品であり,Microsoftが自信を持って世に送り出せる,ユーザーやマスコミ,アナリストからも喜ばれる製品です」とWaldman氏は説明した。

 Mac Office 98はパフォーマンスが劇的に向上し,ドラッグ&ドロップによるインストーラによって導入と管理が簡素化され,(当時,Mac用Wordの中でも最も実用的と考えられていた)Mac Word 5.1からの移行サポートや,様々なMac特有のテクノロジへのサポートも充実し,MicrosoftのMacベースのWebブラウザ,電子メール製品,その他の機能とも統合されていた。つまり,この製品は,非常に優れたMac用製品であったのだ。

 「(Mac Office 98)はもう少しで出荷できる段階にあり,チームもやる気になっています」とWaldman氏は続けた。Waldman氏は,前回Mac Officeの開発が中止になりそうになったときもMac事業部は大きな危機を迎えたが,今回この電子メールでやり取りをしている間に開発が中止されることになれば,今回は壊滅的な事態になる,と述べた。彼は,将来的な計画の欠如がモラルの問題を生み出したことを認めたが,「すばらしい製品を作って,変化を起こそうというビジョンにチームの士気も高揚している」とも述べた。

 先のMacworldをはじめとする多くのMac系メディアが,この電子メールのやり取りを「Appleをやり込めるMicrosoftのたゆまぬ努力の一例」だと主張する。例えばMacworldは,Microsoft Officeの新機能をMac版に最初に搭載することが悪いことであるかのように主張し,「MicrosoftがMacユーザーをモルモットにして,Windows版の次期Officeに登場する機能をテストしている」と報じている(実際のところMicrosoftは,これらの機能を「Macが最初(Mac First)」の技術革新であると宣伝した)。

 他の出版物やMacのニュース・サイトでは,「Mac Officeの開発中止による脅迫」を強調していた。しかし,Appleが厳しい経営状況にあえいでいた1996年から1997年にかけて,Mac Officeの売り上げが2億ドルから1億5000万ドルに落ち込んでいたことを考えると,Mac Officeの開発を中止しようと検討することは,経営判断として妥当だろう。

 実際には,Microsoftはこの電子メールのやり取りの6週間後,1億5000万ドルをAppleに出資し,OS XベースのMac Officeを引き続き開発することを発表し,さらにその後5年間は新しいOfficeのバージョンを作り続けることを公約した。今日,MicrosoftはいまだMac Officeの新しいバージョンを開発中で,このバージョンは2007年後半に出荷される予定である(ご存じの通りその後Appleも,Microsoftをはじめとするサード・パーティの努力や,iMac,数年後に登場するiPodのおかげで復調した)。

 しかし,Appleに対するMicrosoftの対応は利己的でもあった。この年,それまで抵抗を続けていたAppleはついに,Microsoftとの広域な合意の一環として,MicrosoftのInternet ExplorerをMac OSに付属させることに合意した。

 またMicrosoftがOS市場における唯一のライバルにてこ入れした背景に,当時勃興しつつあった独占禁止法問題があったのは間違いないだろう。Microsoftは株式上場企業であって,慈善団体ではない。できるだけ効率的に他の企業と取引できる方法を模索しているはずであり,そうしないことは怠慢である。MicrosoftによるApple支援は,慎み深さからきたものでも,ナイーブさからきたものでもない。

 さらに重要なのは,誰もが興奮するような電子メールの記録が明らかになったことだ。このやり取りから浮かび上がるのは,Microsoftがすばらしい製品を作ることに熱意を持っており,これまで開発したどのバージョンよりもすばらしいOfficeを作ることで,当時苦境に立っていたAppleを支援しようとしていたことである。筆者の言い分が信用できないならば,自身の目でGates氏とWaldman氏の電子メールのやり取り「Moving Forward with Mac Office 97(Mac Office 97への前向きな取り組み)」を参照してもらいたい。Mac系メディアが言うほどドラマチックではないことが分かるだろう。