「エンタープライズ2.0」とは、ビジネスで成果を上げるための情報を、社内外問わず活用できる企業であり、それを実現する情報システムである。新しい情報システムを構築するにあたっては、外部の情報コンテンツやサービスを積極利用するとともに、利用者に“やさしく”作る必要がある。

日経コンピュータ2006年4月3日号の記事を原則としてそのまま掲載しています。執筆時の情報に基づいており現在は状況が若干変わっていますが、SaaSやEnterprise2.0の動向に興味のある方に有益な情報であることは変わりません。最新状況は本サイトで更新していく予定です。

 「企業の情報システム部門にとって、米グーグルは、独SAPのような存在になるか?」。

 企業情報システムのグランドデザイン作りを支援する、札幌スパークルの桑原里恵システムコーディネーターは最近、こう自問自答した。答えは、「イエス」だった。

 ここでグーグルやSAPという言葉は、個別企業の名称ではなく、システム作りにかかわる思想の象徴として使われている。SAP製品を採用するかどうかは別として、ビジネスアプリケーション群をできる限り、つなぎ目なく統合しようとするSAPの設計思想は、企業の情報システム部門に影響を与えている。

 そして、グーグルに象徴される「Web2.0」の動きが企業情報システム部門を直撃する。桑原システムコーディネーターはこう見ている。Web2.0が企業に与えるインパクトは、「社外の情報コンテンツを利用し、情報の統合ができること」(桑原氏)である。

 インターネットビジネスが拡大したことで、グーグルや米アマゾンドットコムといった企業には、利用価値のある情報が集積されるようになった。例えば、アマゾンは世界最大の書籍販売データベースを持つ。彼らはその膨大なデータベースを外から利用可能にするAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)を公開しており、企業はそのAPIを利用すれば、最新の書籍売れ筋という「外部の情報コンテンツ」を、必要な時に入手できる。

 商品情報、仕様、価格、売れ筋といった外部の情報を、企業の受発注システムに組み込めば、受発注の時に「外部」の情報を確認してから意思決定をすることが可能になる。アマゾンの提供する情報がすべての企業にとって有用なものというわけではないが、桑原氏は「メーカーの商品データ、官公庁が公表する情報、天気予報、地震情報など、Webを通じて公開され、企業情報システムに活用できる情報コンテンツは数多くあるし、増え続けるだろう」と指摘する。

 企業情報システムの歴史は、統合の歴史でもあった。販売、生産、会計、人事といった縦割りに構築されたシステムのつなぎ目をなくす取り組みが長年にわたって続けられてきた。その一つの到達点がSAPに代表されるERPパッケージである。これはアプリケーションの統合を狙ったものだが、Web2.0は外部の情報コンテンツを統合できる可能性をもたらす。情報システム部門が、グーグルをウオッチせざるを得ない所以である。

「企て」を情報で支える

 ここでエンタープライズ2.0とは何かを整理してみよう。成果を上げるためにこれまで取り扱ってこなかった情報までフル活用できる企業と、その企業を支える基幹システムを、本誌は「エンタープライズ2.0」と呼ぶ。

 エンタープライズは企業と訳されることから分かるように、「企て」という意味を持つ。すなわち明確な目的に向かって進み、成果を上げる存在である。そのために必要なものとして、エンタープライズシステム、いわゆる企業の基幹システムがあった。つまり、企業として欠かせない情報システムである。大まかに言うと、従来はカネ勘定をきちんとすることが、企業として欠かせないことであり、基幹システムと言えば会計や生産、在庫、販売といったシステムを指した。

 企業が目指すゴールはそう変わってはいない。「臨機応変」、「利用者視点(顧客起点)」、「イノベーション」あるいは「リスクマネジメント」、「企業間コラボレーション」。強弱はあっても、かねてより指摘されてきた。

図●エンタープライズ2.0は必然的な進化である
図●エンタープライズ2.0は必然的な進化である
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 さらに環境変化が激しくなった今、企業として存続し、成長していくには、本業で他社から頭一つ抜け出す「企て」を成功させなければならない。そのためのシステムこそ、これからの時代に求められる基幹システムである。

 頭一つ抜け出すかどうかが、1.0と2.0の境目となる。エンタープライズ2.0の条件を列挙してみよう。

使えなかった情報を扱える
 外部の情報に代表される、これまで未見の情報を取り扱うことは、企てを成功させるために欠かせない。アマゾンによる販売実績や、ヤマトリースの中古トラックの需給情報がそれにあたる。カシオ計算機が考えている、埋もれていた社内情報を使うことも重要だ。

今までより開かれる
 これまで使えなかった情報の多くは市場の情報や顧客情報である。こうした情報を入手するために、企業自体が外部とのコラボレーションに積極的な、開かれた存在になっていく。その時、従来の「基幹系はバックエンド」、「情報系はフロントエンド」といったシステムの区別は意味を持たない。

Web2.0の思想や技術を活用
 オープンなエンタープライズになるために、Web2.0に見られる思想や技術は有用である。もちろん、トランザクション処理を伴うアプリケーションは、企業が業務を遂行する基盤として今後も存在し、進化し続ける。従来システムのままで、これまで使えなかった情報を活用し、成果を上げられるなら、わざわざWebを使う必要はない。ただし、Webは標準技術であり、導入コストが低く、技術的な制約も減少しつつある。何より、多数の一般消費者が利用している事実は大きい。

業務プロセスの8割はWebに

 野村総合研究所の田中達雄主任研究員は、「Web2.0の考えや技術は、企業の業務プロセスの8割程度に適用できるのではないか」と話す。Web2.0の技術が適用できない2割が、従来でいうミッション・クリティカルなプロセスだ。それ以外の8割には、何か問題を解決するために情報を検索するプロセス、会議や商談をはじめとした他の人とコミュニケーションをとるプロセスが含まれる。「トランザクション処理は1件1秒以内といった決められた時間で進んでいくが、人間がものを考えて意思決定していくプロセスは場合によっては1週間くらいかかる」(田中主任研究員)。