針生恵理氏  
ガートナー ジャパン
ハードウェア&システム グループ
クライアント・プラットフォーム担当アナリスト
針生 恵理氏

Windows Vistaが登場した。約10年ぶりのメジャー・アップグレートとなるOSであるだけに,企業ユーザーにとって導入のハードルは決して低くない。魅力的な機能が備わっていることも事実で,それだけに悩ましい。ガートナー ジャパンでクライアント分野を見る針生 恵理氏に,企業はWindows Vistaとどう向き合うべきかを語ってもらった。
(聞き手・構成は小野口 哲=日経コンピュータ,高下 義弘=ITpro)


企業におけるWindows Vistaの導入は,いつ頃から本格化しそうですか。

結論から申し上げますと,国内の企業で本格的な導入が始まるのは,2008年以降と見ています。もちろん,個々の企業によって事情は異なりますが,1年から1年半後に,旧OSからVistaへの本格的な移行期を迎えることになるでしょう。

過去に登場したクライアントOSの場合も,企業での導入は比較的ゆっくりでした。Vistaの場合も同じ傾向を示すでしょう。特に大手企業の方が様子を見ながら徐々に導入する傾向が強く,2008年後半から2009年にかけてになると見ています。

一方,中小規模の企業を見てみますと,あまり時期に依存せず,その時々のPC導入状況に合わせて,随時導入していく傾向が見られます。全体で見ると,時系列で自然に増えていく傾向を見せるでしょう。

2001年末にWindows XPが登場した時と比べると,そのペースは早いでしょうか,それとも遅いでしょうか。

XPが企業で「主流」になったのは,2005年頃です。つまり,主流になるまで3~4年かかっていることになります。Vistaについても,その導入のペースはさほど変わらないと思います。

無視できない企業の導入サイクル

XPのサポート期限は,導入時期に影響を与えるのでしょうか。

Vistaはメジャー・バージョンアップであり,変更点が多いと考えています。Vistaよりも前のメジャー・バージョンアップはWindows 2000で,XPはマイナー・バージョンアップだったという位置づけです。

Vistaは機能構成から,確かに大きな変更があることが分かります。ですから,企業の場合は導入、展開により多くの準備期間が必要となります。

一つは,例えばPCそのものの導入にかける計画フェーズから始まり,社内で使っているアプリケーションのテスト,互換性の問題だとか,そういったものを解決していくということがあります。

もう一つは,市販のアプリケーションやソフト・ベンダーのサポートの問題です。ベンダーが現行の自社製品を「Vistaの上で正式に動くソフトである」として,いつサポートを開始するか検証する必要があります。

こうしたアプリケーションに対する対応やその検証にも多くの期間を要するでしょう。また、Vistaには導入や展開に対する新機能やセキュリティを向上するための機能が提供されており、これらの検証も必要になります。このため、導入準備には1年から1年半程度かかると見積もると,その時期になるだろうと見ています。

また,マイクロソフト自身の体制に対する「読み」もあります。ガートナーが当初予測していたよりもかなり短期間のうちに,ベータ2,RC1,製品版が投入されています。このため、過去の経験から推測すると、Vistaに関する重要なバグフィックスがMicrosoftから提供されるのはこれからであると考えられます。OS自体や市販のソフトの安定性など既存環境からの移行や継承性が確立されてはじめて導入のための準備が整ったとするのが,企業が取るべき基本的なスタンスでしょう。

日本国内について,さらに理由を見ていきましょう。国内のPCの入れ替え時期には,ある傾向があります。日本の場合,基本的には平均で4年半から5年程度のライフサイクルでPCの入れ替えが進んでいます。

前回,大手企業でPCを大規模導入したのは2004年でした。ですから,そこからこのライフサイクルを考えると,必然的に2008年,2009年頃が国内のPCの入れ替え時期になると予測できます。

ただ,この予測は中小企業などでは必ずしも該当しません。時系列で徐々に増えていく,という形が見られることでしょう。また,米国の場合はPCのライフサイクルが日本よりやや短い傾向にあります。日本と米国でVistaの企業への普及は,少し違った経緯が見られるかもしれません。

導入の推移を予測する上でもう一つ重要なポイントがあります。Windows XPのインストール数は無視できません。ガートナーは,日本の法人市場におけるクライアントOSのインストール数を調査しました。XPの比率が2005年でおよそ55%,2006年では70%を超えています。このように,XPが現行OSとして世に出ている期間が長かったこともあり,日本の法人市場ではかなりXPの導入が進みました。

XPがメジャーなOSになったがために,Vistaへの移行がすぐに進まない,という逆の側面もあります。先ほど申し上げたように,XPの導入はむしろ出荷後数年経った2004年から2005年で増えています。XPのインストール数が増えたことと、OSサポートのライフサイクルを併せて考えると,Vistaの導入が遅れる,というシナリオになるわけです。

2008年が企業におけるVistaの“始まり”となると見ているのは,そうした理由からです。

Vistaの出荷遅れがXP搭載PCを増やした

Vistaの出荷遅れが,ますますXPユーザーを拡大したわけですね。

2001年のXP登場後すぐに導入されたユーザー企業は,すでにXP搭載パソコンが2サイクル目に入っているケースも多く見られます。ガートナーとしては「新しいPCには新しいOSをそのまま導入してください」と申し上げ,基本的にはダウングレードをするのはあまり得策ではないとアドバイスをしてきました。

かなり前の話になりますが,Windows 98が登場した頃,多くのPCではWindows 95と98が選択できました。この時,95を選択,つまり“ダウングレード”するユーザー企業が,かなりの数いらっしゃいました。ですがWindows 2000が登場した時,マイクロソフトは「98はサポートを打ち切らないが,95はサポートを打ち切る」という方針を出して,ダウングレードを選択した企業はこれをかなり問題視した,ということがありました。

この時ユーザーは「PCを長く使うには,ダウングレードしない方がいい」ということを学びました。それもあってXPを早期導入した企業は多かったのです。そして,そのような企業はいま2サイクル目に入ってきています。それがVista導入の波を遅らせている要因の一つです。

XPのサポートが,約2年後の2008年11月に切れるという話があります。サポート切れを恐れたユーザー企業がVistaの導入に早めに踏み切る,ということは考えられませんか。

XPのサポート切れがいつになるかは,まだ明確ではありません。結局,サポート切れのタイミングは,OSのインストール数によって変わってきます。今後,マイクロソフトがサポート期間を延ばす可能性も,ないわけでないでしょう。

革新性を得る理由でOSを買うことはない

企業が積極的にVistaへと切り替える,「ポジティブな要因」はあるのでしょうか。

ここまで申し上げた話は,“多数派”の企業を想定したものです。日本だけでなく,海外でもそうだと思いますが,その企業がPCを入れ替えるタイミングは,その企業におけるPCのライフサイクルなど,OSの魅力とはあまり関係のない,企業固有の理由が大きいと感じています。

ただ,新しいVistaはメジャー・バージョンアップと言えるもので,様々な新機能が追加されていますから,そこにメリットを感じて導入する企業もあると思います。ここにメリットを感じる企業がどのくらいいるかで,Vistaの普及スピードは大きく変わってくるだろう,という感触も持っています。

企業は,OSの新しい機能に引かれて積極的に導入するというよりは,他の要因が大きいということですか。

企業におけるOS選択の優先順位を考えると,そのようなことになるかと考えます。

Windows 2000やXPが登場した頃は,動作の安定性が高まるとか,企業向けのサポートが強化されるとか,ユーザー企業に向けたメリットが多くありました。Vistaについては,「積極的にVistaに切り替えたいとは思わないが,しかるべく時期が来たらVistaに切り替えざるを得ないのだろう」,という受身的な要素が多いようにも見えます。

Vista登場のインパクトが,これまでのOSが登場した時のインパクトに比べて小さい,ということはないと思います。

先ほども触れましたように,確かに企業の導入理由は,「継続的にPCを入れ替えているから」というライフサイクル上の理由が大きい。ですが,だからといって「企業はVistaに関心を持っていない」とは言い切れないでしょう。

PCを入れ替えるタイミングが来たのであれば,やはりより安定したOS,導入しやすいOS,管理しやすいOSの方が望ましいとユーザー企業は期待しています。企業はOSの導入作業,管理の手間に苦労しています。加えて,OSの導入・展開やセキュリティについてはシステム部門の担当者が常々問題意識を持って言える点ですので,Vistaには高い期待を寄せていると思います。

ただ,ユーザー企業は「OSだけですべてができるわけではない」ということは当然認識しています。セキュリティも運用管理もハード,ソフト,人間系といった要素全体を含めたアプローチが必要だと考えています。つまり,Vistaには高い期待を寄せているものの,冷静に見ている部分もあるわけです。こうした事情が,Vistaについてユーザー企業の反応が静かに見えていることの裏にあると考えます。