蒔田 佳苗氏  
ガートナー ジャパン
リサーチ クライアント・プラットフォーム 主席アナリスト
蒔田佳苗氏

企業におけるクライアント・コンピューティングが,大きな曲がり角を迎えている。パソコンが普及する一方,いまだ必要なユーザーに,必要なタイプのパソコンが配備されていない現状がある。クライアント・コンピューティングはどこに向かうのか。ガートナー ジャパンでクライアント・プラットフォームを担当するアナリスト,蒔田 佳苗氏に聞いた。
(構成は高下 義弘=ITpro)


個人所有のパソコンから会社の情報が漏れる,という事件が相次いでいます。パソコンは一般的な道具として普及したようにも思いますが,意外にそうでもない。家庭はともかく,企業でも必要な人に必要なパソコンが行き渡っていない。そんな現状を象徴しているようにも感じます。

「適所に適材が入っていない」。これが,現在多くの企業が抱えている,パソコン整備の問題点です。

この言葉は,二つの状況を指します。一つは,必要なユーザーに物理的にパソコンが配置されていないということ。もう一つは,パソコンは目の前にあるのだけれども,その人のワークスタイルには合っていないということです。

一つ目の状況は,ファイル共有ソフト「Winny」やウイルスによる情報漏洩事件で“負の側面”が顕著に表れました。防衛庁や警察,学校ではパソコンがまだまだ足りていません。でも仕事でパソコンを使う。だから,個人で所有するパソコンを使うわけです。

事件の前までは,企業も社員もそれほど問題視してはいませんでした。だって,ちゃんと仕事をしているのですからね。もちろん扱う仕事の内容にもよるのですが,おおかたは「自宅でも仕事をするなんて熱心である」という見方です。ところが,Winnyやウイルスが原因で情報が漏洩してからは,認識が一変しました。「個人所有のパソコンで仕事をしてはならない」と180度見解が変わったわけです。

パソコン市場は企業や個人だけでなく,政府・官公庁も大きな位置を占めています。政府・官公庁は「e-Japan重点計画」の施行を背景に,2003年,2004年はパソコンを積極的に導入するという雰囲気でした。一方,2005年は一通り導入は済んだという認識のもと,落ち着いて逆にマイナス市場になりました。しかし,政府・官公庁における情報漏洩事件が相次いだことで,言い方は悪いですが「導入作業は表面だけだった」という事実が明らかになりました。

一方,教員向けのパソコンの導入状況はまだまだです。内閣府の統計では,2006年3月末で30%程度です。教員全員がパソコンを必要としているのかという議論もありますが,30%はいかにも足りていないという数字です。

問題は,残りの70%という数字は何を示しているのか,ということです。つまり,教員の多くは,あのような情報漏洩事件が頻発した後の現在でも,個人所有のパソコンを使っています。

情報漏洩事件をきっかけに,遅ればせながら対応が始まっている学校もあります。ですが,まだ十分な状況ではないというのが私の見解です。これから導入の予算化を進めることを考えると,学校で「適所に適材が入る」状態になるのは,まだ数年先だろうと見ています。

パソコン管理体制の弱さが「個人頼み」を導く

パソコンはかなり安くなりました。にもかかわらず,教員向けの導入率が30%にとどまっている理由は何でしょうか。

パソコンの初期導入コストは安いですが,特に組織的に導入する場合には,サポート・コストが高くつく,という問題があります。多くの企業ユーザーはここに四苦八苦しています。企業はクライアント管理をどう効率化するかに頭を悩ませていますが,それは学校も同じです。

これまで多くの学校では,パソコンに詳しい教員が管理していました。ところが,クライアント管理は教える片手間ではできません。大学でも専門のサポート要員を雇ってようやくパソコン環境を維持しているといった状況ですから。

私立はともかく,公立の学校ではどうでしょうか。クライアント管理の専任要員を確保できるという学校は,ないに等しいというのが実態ではないでしょうか。スタンドアロンのパソコンを1台,2台使うのであれば問題はないでしょうが,ネットワークに接続して多数のパソコンをシステム的に使うのは難しいでしょう。

政府は「e-Japan戦略」を旗印に,教育現場へのパソコン導入を推し進めました。確かにパソコンの導入が進んだことは間違いありません。これは評価すべきことですが,「適所に適材が入っている」状態かどうかを見てみると,かなり評価は変わってきます。IT教育に活用するのはもちろん,教員の業務効率化にパソコンを使えるような環境にはなっていない,というのが実態でしょう。

結局,教員は個人の業務効率化のために,自分でパソコンを買うわけです。「持ち帰り残業」と同じように,個人の出費に頼って成り立っているのが教員の現場のようです。これだけ世間ではIT化が言われている一方で,きわめて脆弱なパソコン環境はまだ残っています。学校はこのようなギャップがある典型的な例ですが,企業,とくに中小企業も同じような状況であることが考えられます。

パソコンはその名の通り,最初は個人の道具として開発・普及が進んできたマシンです。それが企業で使われるようになったわけですが,「組織的にパソコンを使うには相応の管理体制が必要だ」という事実が一般にはあまり認知されていない,ということでしょうか。

「パソコンを導入し活用するには相応の管理体制が必要だ」ということは,もちろん続けてアピールしていくべきです。ただ,最初から100%望ましい管理体制は望めませんので,あまりその点ばかり強調しても,らちが明かないこともあるでしょう。

新しいツールや技術を導入する際には,メリットもあればリスクもあります。自社の環境に応じて,どこから何を導入するか優先順位を付けることが大切です。まずは試しにここからやってみよう,という判断があってもいいわけです。その上で徐々に管理の範囲を広げていく,という方が現実的な場合もあります。