今回は,前回解説した放送と通信の著作権法上の取り扱いの違いを前提に,放送の同時再送信に関する著作権法の改正を取り上げます。

放送対象地域の区域外への再送信は禁止される

 自動公衆送信(送信可能化)による放送の同時再送信については,改正後の著作権法102条3項で定められています。条文は以下のようになっています。

3 著作隣接権の目的となっている実演であって放送されるものは,専ら当該放送に係る放送対象地域(放送法(昭和二十五年法律第百三十二号)第二条の二第二項第二号に規定する放送対象地域をいい,これが定められていない放送にあっては,電波法(昭和二十五年法律第百三十一号)第十四条第三項第三号に規定する放送区域をいう。)において受信されることを目的として送信可能化(公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することによるものに限る。)を行うことができる。ただし,当該放送に係る第九十九条の二に規定する権利を有する者の権利を害することとなる場合は,この限りでない。

 この条文を仔細に見ると,4つの部分から構成されていることが分かります。

(1)「著作隣接権の目的となっている実演であって放送されるものは」

 (1)は,「著作隣接権の目的となっている実演」に限定しているので,当然ながら著作権は権利制限の対象となりません。また,「放送されるもの」とされており,「放送されたもの」でないので,過去に放送された実演は含まれず,「同時再送信」の場合に限定されています(注1)

(2)「専ら当該放送に係る放送対象地域において受信されることを目的として」

 (2)は,放送対象地域内においてのみ同時再送信される場合に限定する,すなわち区域外再送信を禁止するという趣旨です。地上波放送の放送対象地域は,基本的に県域,広域(関東,近畿)に限定(注2)されていますので,放送対象地域外への同時再送信は対象外となります。通常のインターネットの仕組みでは地域を限定して情報を配送することはできないので,一定の設備,仕組みが必要となってきます。

(3)「送信可能化(公衆の用に供されている電気通信回線に接続している自動公衆送信装置に情報を入力することによるものに限る。)を行うことができる。」

 (3)は,一般的なインターネットによる放送の送信を排除するための要件です。「IPマルチキャスト」というような言葉は使われていませんが,これは特定の技術ではなく,技術の利用態様に着目しているためです。「自動公衆送信装置に情報を入力」という要件によってIPマルチキャストを含む「入力型自動公衆送信」の再送信のみが対象となり,データの蓄積を伴う「蓄積型自動公衆送信」を含まないことが明確にされています。

(4)「ただし,当該放送に係る九十九条の二に規定する権利を有する者の権利を害することとなる場合は,この限りでない」

 (4)が言及している著作権法99条の2は,「放送事業者は,その放送又はこれを受信して行う有線放送を受信して,その放送を送信可能化する権利を専有する」と定めています。すなわち,これは放送事業者の送信可能化権に関する規定であり,放送を送信可能化するには,当該放送を行う放送事業者の許諾を得ることが必要となります。従って,当該許諾が得られていない放送の同時再送信については「この限りではない」ので,著作権法102条3項で認められている実演家の権利も制限されないことになるのです。

 平成18年の著作権法改正は,「地上波デジタルの電波が届かない地域への代替経路として,IPマルチキャストを使う必要があるのではないか」というところから議論が始まったとされています。しかし,前述のとおり上記条文には,IPマルチキャストという言葉は使用されていませんし,地上波デジタルの同時再送信に限定されているわけではありません。ですから,地上波デジタル放送のIPマルチキャストによる同時再送信以外にも利用できる規定となっています。

 この改正の内容と以前の権利処理とを比較すると,表1のようになります。前回の記事でも掲載した表2と比較するとよく分かるかと思いますが,著作権法102条3項の入力型「自動公衆送信」による放送の同時再送信については,実演家及びレコード製作者の権利を制限し,許諾を要しないことにし,他方,実演家及びレコード製作者への補償金の支払いが義務付けられることになりました。

表1●放送の同時再送信について有線放送,著作権法102条3項の入力型自動公衆送信,蓄積型自動公衆送信の比較(あくまでも同時再送信の場合のみ)
表1●放送の同時再送信について有線放送,著作権法102条3項の入力型自動公衆送信,蓄積型自動公衆送信の比較(あくまでも同時再送信の場合のみ) [画像のクリックで拡大表示]

表2●「有線放送」と「自動公衆送信(送信可能化を含む)」の同時再放送における著作隣接権者の許諾の必要性(前回の表1)
表2●「有線放送」と「自動公衆送信(送信可能化を含む)」の同時再放送における著作隣接権者の許諾の必要性(前回の表1) [画像のクリックで拡大表示]

 なお,これまで,「有線放送」による放送の同時再送信については,実演家等に報酬請求権は認められていなかったのですが,新たに報酬請求権を付与することになりました。さらに,放送の同時再送信以外のIPマルチキャスト放送,一般のインターネット放送については,これまでの自動公衆送信と同じ扱いであり,実演家,レコード製作者の権利制限はありません。また,著作権については,今回の改正による変更はなく,「有線放送」いずれの「自動公衆送信」とも許諾を得ることが必要です。

(注1)文化庁「著作権法の一部を改正する法律の制定について」問2の解説参照
(注2)放送法2条の2・2項2号,放送法施行規則1条の2,別表第1号参照


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■北岡 弘章 (きたおか ひろあき)

【略歴】
 弁護士・弁理士。同志社大学法学部卒業,1997年弁護士登録,2004年弁理士登録。大阪弁護士会所属。企業法務,特にIT・知的財産権といった情報法に関連する業務を行う。最近では個人情報保護,プライバシーマーク取得のためのコンサルティング,営業秘密管理に関連する相談業務や,産学連携,技術系ベンチャーの支援も行っている。
 2001~2002年,堺市情報システムセキュリティ懇話会委員,2006年より大阪デジタルコンテンツビジネス創出協議会アドバイザー,情報ネットワーク法学会情報法研究部会「個人情報保護法研究会」所属。

【著書】
 「漏洩事件Q&Aに学ぶ 個人情報保護と対策 改訂版」(日経BP社),「人事部のための個人情報保護法」共著(労務行政研究所),「SEのための法律入門」(日経BP社)など。

【ホームページ】
 事務所のホームページ(http://www.i-law.jp/)の他に,ブログの「情報法考現学」(http://blog.i-law.jp/)も執筆中。