従来は命令系統の一元化が常識だった。しかし、企業が成長するにつれて目標が複数の軸で構成されるようになり、製品別・顧客別・地域別・職能別など命令系統や評価も多元的になってくる。そこでマトリックス組織を採用しようということになる。だが、この組織の運営は極めて難しい。社員に対する指示が異なる目標を持つマネジャー間で矛盾してしまうことがあるからだ。

 ほとんどの会社が採用しているにもかかわらず、解決方法が見えていなかった。ところが、某外資系企業のCIO(情報戦略統括役員)であるA氏と話していたら、クリアーになった。

 この外資系企業では、何度かのM&A(企業の合併・買収)を経て今の形態になったが、縦組織を構成するのは、買収前の旧来の日本企業だ。しかし、全体の効率を追求するために、システム部門は、買収した会社が採用していたメインフレームとオープン系システムの統合に取り掛かった。

 A氏はシステム統合のために買収した会社を横断する横串の組織を取り仕切り、IT業務だけで800人近くのマトリックス管理を任されている。

 命令系統は大きく2つ。本国からの全体を最大効率化させるための指示と各社の業績を伸ばすための各社のトップからの指示だ。A氏の成功要因は、トップダウンで進めず、現場の声を聞きながらやったことだ。例えば、ウェブ系のアプリケーションを導入したのは、まさに現場からの要求だった。営業は、その先の代理店情報をいち早く取れるようにウェブツールの開発を望んだ。代理店の成績もこれで瞬時に把握でき、営業と代理店が同じ方向を見ることにより相乗効果を生んだ。

 ITコストが厳しい時にウェブ導入の決断には勇気が必要だったが、営業効率が良くなるという営業の言葉を信じた。より現場主義となり、ユーザーの要求なしに開発した照会システムは、エクストラネットでも使えるようにすることで、後に一般顧客が取引履歴をIDやパスワードで参照できるシステムに拡張していった。先んじて開発したシステムが同社の営業スピードを上げたのだ。

 要は現場だ。現場のやり方をいかに思いやるかが、利用者である彼らのモチベーションを上げることになる。現場が利用して初めてシステムの価値がある、当たり前のことを実感した思いだ。

石黒 不二代(いしぐろ ふじよ)氏
ネットイヤーグループ代表取締役社長兼CEO
 シリコンバレーでコンサルティング会社を経営後、1999年にネットイヤーグループに参画。事業戦略とマーケティングの専門性を生かしネットイヤーグループの成長を支える。日米のベンチャーキャピタルなどに広い人脈を持つ。スタンフォード大学MBA