野村 直之
メタデータ株式会社 代表取締役

 もはや“Web 2.0 for Enterprise”というフレーズを広めるまでもない状況が訪れています。多くの企業が新ビジネスモデルの発案や実装に、業務フロー、ビジネスプロセスの改善やナレッジマネジメントのために、Web 2.0の思想や技術を取り入れようと考え始めました。Web 2.0を象徴する、「マッシュアップ」を使った企業情報システムの構成にも、昨年とは比べものにならないほどの注目が集まっています。

現実味を帯びてきたエンタープライズ・マッシュアップ

 06年には、優れたWebアプリが持つ、既存のWebシステムとデスクトップ・アプリを「いいとこ取り」したような、使いやすいUI(ユーザー・インタフェース)に、魅了された人も多いでしょう。さらにファイル管理の煩雑さ、データ保全の重責から解放される安心感(爽快感とさえ言う人もいます)、遠隔地の知人と気軽に同じ文書に追記、修正できる利便性もあります。

 自宅で、あるいは気概あふれる企業内個人として優れたWebアプリを体感したユーザーは、企業情報システムに高い要求を突き付け始めました。高い操作性と機能性、処理性能を、低コストで、何より超短納期で次々と更新、改良して欲しいと望むようになるのです。

 そして、REST型のWeb APIやAjaxに代表されるWeb 2.0の技術基盤は、企業情報システムにおいても、こういったことを可能にします。大半の部品を外部からWebサービスの形で調達し、複数の部品間をメタデータでつなぐアプリを作ることができるからです。もはや、企業がシステムをすべて自前で作るか、パッケージをそのまま使うか、という二者択一を迫られる必要がなくりつつあります。

 2月28日、米IBMと米グーグルというITの世界を代表する二つの企業から、マッシュアップの可能性を強く感じさせる発表がありました。「IBMとGoogle,企業ポータルにおけるマッシュアップ支援で協力」というニュースがそうです。

 この発表によると、Googleガジェットという、本当に小さな機能部品を、IBMのWebプラットフォーム(WebSphere)上から必要なものを選び,「クリックするだけで簡単に」自社ポータル・サイトに組み込めるようになるとのこと。これは、企業のエンドユーザーに向けたマッシュアップ・ツールにほかなりません。

 すでにグーグルは、分かりやすいマニュアルやサンプル付きでSDKを提供し、ガジェットの自作を奨励しています。本記事執筆のちょうど1年前に書いた拙記事中の図1 Web 2.0時代の企業情報システムにおけるクライアントのイメージと似たことが、ごく簡単に実現できることになるのです。Web APIをAjaxで操作するほど自由度は高いわけではありませんが、エンドユーザーがマッシュアップできるというのは、画期的な出来事ではないでしょうか。

 私が指摘するまでもなく、先進的な技術力のある企業のIT部門では、Google Code、特にその中のGoogle APIsを読んで、真剣に活用を考え始めているでしょう。社内アプリの開発でエンドユーザーに負けてはいられない、と思うのも当然です。

SaaSグループウエアがオフィス・スイートを飲み込む?

 先月23日の、「グループウエアに「Web2.0」の波;ベンチャーやグーグルから製品相次ぐ」という記事は、さらに衝撃的なものでした。この日には、「グーグル日本法人が企業向けSaaSに本格参入へ、料金は1アカウント年間6000円 」というニュースも報じられました。

 個人的には、「とうとう来たか!」という感慨を覚えたというのが正直なところです。いつのまにか、マイクロソフトのドル箱商品の「オフィス」・スイートに背後からヒタヒタと迫っていたグーグルが、ついに牙をむいて真っ向から勝負をしかけてきた、と感じた人もいらっしゃるでしょう。

 それも操作性、ルック・アンド・フィールが大幅に変更され、戸惑うほどの変化を遂げたOffice2007が出たタイミングです。「ワープロや表計算なんてどうせ基本機能しか使わないから、昔のMS Officeに近い使い勝手で、どこからでも使えるGoogle Appsの方がいいや」と考えて乗り換えるユーザが多数出てきても不思議はありません。

 これは決して突然の出来事ではないのです。すでに1、2年前から、Writely(06年にGoogleに買収されGoogle Docsにブランド変更)やiRoxといったベンチャーが、完成度の高い表計算やワープロのWebアプリケーションを提供していました。日本でもかな漢字変換のWebアプリやWeb API版も登場し、海外で日本語を入力したいと考える人間の福音となっています。昨秋の拙記事「実は“保守的”なGoogle Docs & Spreadsheets」で紹介した時点で、オフィス・スイートが登場するのは時間の問題だと思っていました。

 Google Appsの日本語による紹介ページをご覧ください。「なるほど」と思ったのは、電子メール、インスタントメッセンジャー(IM)、カレンダー共有を中心とした「コラボウエア(グループウェアを少しクリエータ・チーム向けにシフトしたような呼称でしょうか)」を先に並べている点です。最近はメールのほかにも、IMやカレンダーといったコラボウエアの利用時間が長くなっています。当然、コラボウエアの使い勝手(文書の可搬性や共有のしやすさを含む)に対する期待もどんどん高まっています。ワープロや表計算は、徐々に脇役となってきたということでしょうか。

 技術的にはまだ「オフィス・スイート」としての統合ぶりは、マッシュアップと呼ぶほどではないかもしれません。別々に開発されたWebアプリに屋上屋を重ねる形で統合メニューを用意しただけにも見えるからです。ただ、今は疎結合でも、今後はオフィスバインダーに相当する、文書群を束ねたり、深く相互リンクさせたりする機能を追加して、アプリ間の相互依存性を高める可能性も十分あると思います。