3月の中旬を過ぎると,3月決算会社では期末に向けての準備が始まります。

「期末への準備で一番ユウウツになるのが,実地棚卸です」
おっ,ちゃんと「実地」といえるようになりましたね。「実棚卸」と誤解している会社が多いので,気をつけて欲しいところです。

「そういえば,先月末,ウチの近所にある薬局チェーン店で『本日,卸につき休業』の札が貼られていたなぁ」
品物を棚からおろして実際に数えるので,「実地の棚おろし」が本来の意味です。しかし,小売業では「店卸」と表記するケースもあるようです。漢字検定の試験問題として出されると,面白いかもしれませんね。

 ところで,実地棚卸というのは,会社の所有する材料や製品・商品を1点ずつ数える作業を言います。占有(民法180条)ではなく所有(同206条)ですから,下請け会社へ払い出している材料なども,実地棚卸の対象になります。

「石油コンビナートでは,タンクの中も,実際に見て回るそうですねぇ」
K部長が,窓の向こうに見える臨海工業地帯のほうを見やりました。

 そりゃ,そうですよ。工場ぐるみで密かに抜き取って横流しを行ない,タンクの蓋を開けたら空っぽになっていた,という事件が過去にはありましたからね。そうそう,石油タンクの実地棚卸ではときどき,中に落ちて死ぬ人がいるそうですよ。

「タ,タカダ先生,物騒なことを言わないでください」
冗談はともかく,御社のような下請けメーカーでは,今年も在庫がたくさん積み上がっているのでしょう。

「元請会社では在庫ゼロを誇らしく語っていますけど,結局,下請けが膨大な在庫を抱えて,元請けの要求に応じてピストン輸送を繰り返しています」
大企業の在庫は工場内にあるのではなく,公道(トラックの荷台)にあると言われていますよね。立場の強弱があるから,元請会社に対して文句は言えません。ここは1つ,如何に効率よく在庫管理を行なえるかを考えることにしましょう。

図1●マクロ経済学における貨幣需要の式
図1●マクロ経済学における貨幣需要の式

 在庫に関する話は,実に膨大なものがあります。その在庫理論から発展して,経済全体の貨幣需要の話にまで拡張したものまであります。たとえば,国民所得をY,手許現金に対する需要をM,銀行から現金を引き出すときの費用をb(注1),預金の利子率をrとした場合,マクロ経済学では,貨幣需要を次の図1の式で表わします。

 図1の式に似たものを,どこかで見たことはありませんか?

「いきなりな話だなぁ。でも,よく見ると図1は,タカダ先生の著作に登場する経済的発注数量の式(注2)に似ていますね」
拙著に掲載している式は,一企業の在庫の経済的発注数量を求めるものです。これを一国経済の貨幣需要にまで拡張したのが,図1の式です。在庫理論から貨幣需要の理論へと発展させたものなので,マクロ経済学ではこれを「在庫理論アプローチ」と呼んでいます。

 コスト管理と経済学との間で往来している例は,他にもあります。たとえば,前回のコラムで紹介した「パレート図」(図2)は,ミクロ経済学のボックス・ダイヤグラムという概念を応用したものであり,コスト管理の世界では「ABC分析」と呼ばれて活用されています。

図2●工程別のパレード図
図2●工程別のパレード図

「ABC分析って,よく聞く手法ですよね」
現在のITシステムでは,生産管理以外にも様々な場面で利用されています。もちろん,在庫管理では必須のアイテムです。

「(図2の)パレート図で黄色く着色されているところがありますが,何ですか?」
(筆者開発の原価計算システムである)『原価計算工房』では,管理階層を視覚的に把握することができるようにと,ABCで3段階に色分けしています。その見方は,次回のコラムで改めて説明することにしましょう。

(注1)ここでいう費用とは,銀行のATMから現金を引き出すときの支払手数料以外に,銀行へ行くための交通費や手間賃なども含みます
(注2)『ほんとうにわかる管理会計&戦略会計』489ページ〔図表21-11〕ご参照


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■高田 直芳 (たかだ なおよし)

【略歴】
 公認会計士。某都市銀行から某監査法人を経て,現在,栃木県小山市で高田公認会計士税理士事務所と,CPA Factory Co.,Ltd.を経営。

【著書】
 「明快!経営分析バイブル」(講談社),「連結キャッシュフロー会計・最短マスターマニュアル」「株式公開・最短実現マニュアル」(共に明日香出版社),「[決定版]ほんとうにわかる経営分析」「[決定版]ほんとうにわかる管理会計&戦略会計」(共にPHP研究所)など。

【ホームページ】
事務所のホームページ「麦わら坊の会計雑学講座」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~njtakada/