Web2.0の波が企業を襲い始めた。企業の根幹を支える基幹システムも、「第2章」に進みつつある。それは事業(ビジネス)で成果を得るために必要な情報を存分に活用できるシステムである。第2段階に到達した企業とその情報システムが「エンタープライズ2.0」である。

日経コンピュータ2006年4月3日号の記事を原則としてそのまま掲載しています。執筆時の情報に基づいており現在は状況が若干変わっていますが、SaaSやEnterprise2.0の動向に興味のある方に有益な情報であることは変わりません。最新状況は本サイトで更新していく予定です。

 「重要な情報は、現在の情報システムでは得られない」。2005年に亡くなった社会生態学者、ピーター・ドラッカー氏は、02年の著書『ネクスト・ソサエティ』で喝破した。「現在の情報システムが与えてくれるものは社内の情報。成果が生まれるのは社外においてである」。

 昨今の企業情報システムは、顧客という「外部の情報」を充実させたが、ドラッカー氏は「もっとも重要な情報は、非顧客についてのもの。変化が起きるのはノンカスタマーの世界である」と言い切る。

 現行システムは内部情報なら何でも扱えるわけではない。受注業務一つとっても、営業活動や各種の調整作業があり、膨大な“情報処理”が発生している。にもかかわらず、現行システムが処理してきたのは、顧客名や受注金額など一部の情報に過ぎない。

 今、企業の根幹を支える基幹システムは、「第2章」と呼び得る段階に進みつつある。それは事業(ビジネス)で成果を得るために必要な情報を存分に活用できるシステムである。ドラッカー氏が指摘する「外部の情報」も、数値や発言、画像など社内で飛び交うさまざまな情報も扱える。

 第2段階に到達した企業とその情報システムを、本誌は「エンタープライズ2.0」と総称したい。エンタープライズ2.0は、ビジネスに必須の情報を、社内外問わず活用する。基幹系・情報系という区分は消失し、システムはより開かれた存在になっていく。顧客に直接システムを使ってもらうことが増え、操作画面は使いやすくなる。他社システムと連携し合って、一つのビジネスを支えることもある。

 ビジネスとシステムの一体化、顧客参加、操作性向上、他社連携。これらは、インターネットにおける「Web2.0」の諸条件と同一である。これは必然だ。「外部の世界の情報が、ついにインターネットで手に入るようになった」(ドラッカー氏)からだ。

「2.0」に取り組み始めた情報システム部門

 ビジネスで成果を得るために、情報システムが貢献できることは何か――。情報システムの永遠のミッションに対し、「システム部門出身の社長」がとった行動は、社外の顧客に目を向け、顧客が参加できるシステムを作ることだった。ヤマトリースの試みは、第2段階の基幹システムを目指す一例と言える。

 「社長になった以上、当社の本業を強力に支える、キラー・アプリケーションを作りたいと思いました。我々が何をしたら、当社のお客様に喜ばれるか、その一点に絞って、ビジネスモデルとアプリケーションを同時に考えたのです」。

 ヤマト運輸のグループ企業、ヤマトリースの小佐野豪績(ひでのり)社長はこう切り出した。小佐野氏は2005年5月、ヤマト運輸の情報システム課長からヤマトリース社長になった。異例の人事は、ヤマトグループの経営幹部登用制度の結果である。小佐野氏は同制度の適用を受けるにあたって、「グループ企業の経営にチャレンジしたい」と進言、ヤマト運輸がこれを認めた。

 情報システム課長時代、小佐野社長は、集荷から配送に至る基幹業務を一貫支援する「NEKOシステム」の開発に参画、Webブラウザ上で使い勝手が良いユーザーインタフェースを実現するリッチクライアント技術をいち早く取り入れたりした。

 ヤマト運輸のシステム部門に13年間在籍した小佐野氏が、社長になって考えた新しい“基幹システム”は、「中古車ご紹介サイト」と呼ぶ中古トラックの売買を仲介する仕組みだった。ヤマトリースは06年2月から、このサイトを使った仲介サービスを始めている。

 サービス対象となる顧客は、ヤマト運輸の協力会社であり、リース事業の顧客である全国の運送会社。全国に1200~1300社ある協力会社のうち、中核となる250社余りが当面の対象となっている。

 就任直後、小佐野社長は全国の運送会社を訪ね歩き、リース会社としてどんな貢献ができるのかを聞いて回った。その結果、運送会社各社の社長から、「トラックという固定資産を流動化したい」という要請が寄せられた。そこで、「中古トラック市場を整備し、顧客に応えることを考えた」。

 中古車ご紹介サイトで売買を仲介するのは、運送会社にリースしているトラックの中で、使われず遊んでいる物件である。安い運賃を求めて荷主が頻繁に運送会社を替えるため、運送会社でトラックが余ってしまうケースが増えている。運送会社からすれば、使い道のないトラックを手元に置いてリース料を払い続けるよりは、残価を支払ってトラックを引き取り、それを売却することで、少しでもリース料金の負担を減らしたい。だが、いざ売るといっても簡単ではなく、結局は安く売り払うしかなかった。

 「当社が用意したサイトを利用すれば、少なくともこれまでより高く中古トラックを売ることができます。全国から買い手を募れるから。リース料金負担をうまく調節できるので、安心して当社のリースを利用してもらえる。これで競合する他のリース会社に差を付けられます」(小野社長)。

 小佐野社長が考えた仕組みは、トラックの買い手にとっても利点がある。売り手がこのサイトに登録したトラックに対し、ヤマト・グループの車両整備会社ヤマトオートワークスが基本的な整備と点検を施し、その費用は、ヤマトリースが負担するからだ。ヤマトリースは、転売が成立した時の手数料で、この費用を充当する。

 ヤマトのブランドを生かし、運送会社に中古トラックを安心して買ってもらおうというわけだ。これまで中古トラックには品質を保証する仕組みがなかったという。

 中古車ご紹介サイトにはさまざまな狙いが込められている。売り手も買い手もヤマトリースの顧客であり、ヤマト運輸の協力会社だ。ヤマトグループの顧客に対し、グループの整備会社と組んで、価値を届けようという狙いである。

 「企業の根幹を支えるのが基幹システム」と定義すれば、中古車ご紹介サイトは、リース業務そのものを処理する勘定系システムと並んで、その範ちゅうに入る。ヤマトリースの本業を牽引し、競合他社との違いを出すキラー・アプリケーションと位置付けられるからである。実際、小佐野社長は、顧客訪問だけではなく、ヤマトリースの強みと弱みを分析した上で、中古トラック仲介サービスを考案した。

 新サービスの絵を描いた小佐野社長はシステム構築にあたり、「利用者にとって楽しい、快適なサービスにする」という方針を立てた。

 「顧客との接点こそが、システムを企画し開発する原点です。この考えが基本になければ、使いやすいシステムを作ることはできません。新サービスの利用者は、運送会社の社員やヤマトリースの営業担当者。50代の人も多く、パソコンに不慣れな人も少なくありません。画面をクリックするたびに待たされるようでは、すぐ使ってもらえなくなります」(小野社長)。

 新サービスを成功させる条件は、運送会社の利用者にリピーターになってもらうことだ。利用者にとってこのサービスは、業務に絶対必要というわけではないからだ。したがって、利用者を引きつける表現力を備え、利用者を飽きさせない工夫がシステムに必要になる。もちろん操作性も高めないといけない。小佐野社長は、「必要な処理をこなせるのは当たり前。リピーターになってもらうために使っていて楽しいサービスにする」と目標を立てた。

 小佐野社長に操作画面をデモしてもらった。登録されているトラックを買い手が選ぶ画面で、掲載されている写真画像をクリックすると、即座に拡大画像を表示する。画像を読み込むまで待たされたり、別ウインドウを開いたりといったことはない(図1)。

図1●画像データをスムーズに表示できるなど、使いやすさに工夫をこらした
図1●画像データをスムーズに表示できるなど、使いやすさに工夫をこらした

 画像データだけでなく、登録されているトラックの一覧表をスムーズに操作できる。一覧表の項目をメーカー名や販売価格で並べ替えるときには、項目名をクリックすると即座に項目名の昇順や降順で並べ替える。一般のWebアプリケーションなら、項目名をクリックしてからWebページのデータを読み込んで並べ替えた結果が表示されるまで、利用者は待たされてしまう。

 トラック一覧を画面上に表示できるのは一度に20件までだが、「次の20件」ボタンをクリックすると、これもデータを読み込む時間を感じさせず、スムーズに表がスクロールし次の20件を表示できる。

 「操作性と表現力」を実現するために、AjaxというWeb関連技術を利用した。Ajaxを使えば、クライアントに特別なソフトをインストールすることなく、一般的なWebブラウザだけで使い勝手の良いWebサイトを開発できる。

 05年5月に社長に就任した小佐野氏が新システムの企画を練り始めたのは7月から。正式な開発プロジェクトにしたのが10月、実際の開発に着手したのが12月で、06年1月半ばには開発を終えた。ベンチャー企業のハウズの協力を得て、小佐野社長自身とヤマトリースのシステム担当者が開発した。

 06年2月にサイトをオープンして以来、中古トラックの販売実績は40台あまり。最初にアップした物件については、10日間で140件のアクセスがあり、2月いっぱいで完売した。顧客がリース契約を途中で解除した結果、出てくる中古トラックの買い手を、ヤマトリースの営業担当者が探すことがこれまでもあったが、月に4~5台売れればいいほうだった。利用者からの評判は上々で、「使っていて楽しいという声をよく聞く」という。

 もっとも、Web関連のサービス全般を見ると、大手リース会社に比べまだ後れを取っている。しかし、小佐野社長は「顧客である運送会社の事務作業者や社長の悩みを、IT(情報技術)で解決できる余地はものすごくある。Webを使って次々にサービスを提供していきたい」。小佐野社長にとり、中古車ご紹介サイトは第1弾というわけだ。

「2.0」に向けて動き始めた

 企業の根幹を支える基幹システムは、時代の変化に応じて進化し続ける。本誌が「エンタープライズ2.0」と呼ぶ、第2段階に進んだ企業は、事業(ビジネス)で成果を得るために必要な情報を存分に活用しようとしている。

 ヤマトリースの試みは、顧客の間で中古トラックの情報を活用しようというものだ。そのために、仲介サービスビジネスとシステムを一体化させ、顧客を参加させるためにWeb技術で操作性を向上させている。ビジネスとITの一体化、顧客の参加、Ajaxはインターネットにおける「Web2.0」の世界で言及されている特徴と同じである。

 ヤマトリースと同様、基幹システムの意義を問い直し、次の段階の基幹システム実現に向けて考え、動き始めた企業が現れている。各社もWebを積極活用しようとしている。