写真1 イー・モバイルの千本倖生・代表取締役会長兼CEO
写真1 イー・モバイルの千本倖生・代表取締役会長兼CEO
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 「7年前,固定のブロードバンドで革命を起こした。それをモバイルでも実現する」――。イー・モバイルの千本倖生・代表取締役会長兼CEO(最高経営責任者,写真1)は2月19日,心もち高揚した声色で13年ぶりとなる新たな携帯電話サービスを発表した。同社は3月31日からHSDPA(high speed downlink packet access)による下り最大3.6Mビット/秒のデータ通信サービス「EMモバイルブロードバンド」を開始。2008年には音声サービスも提供する計画だ(関連記事1)。

 イー・モバイルは2005年11月,1.7GHz帯の周波数を使う携帯電話事業者として12年ぶりに総務省の認定を受けた新規事業者。それから約1年半,同社を取り巻く環境は驚くほど変化した。イー・モバイルとともに携帯電話事業への新規参入が認められたBBモバイルは,親会社のソフトバンクが2006年3月に旧ボーダフォン(現ソフトバンクモバイル)を買収(関連記事2)。基地局の開設認定を受けた1.7GHz帯を総務省に返上し,新規ではなく加入者1500万超を抱える事業者としてひと足先に市場参入を果たした。一方,同じく2005年11月に2GHz帯での携帯電話事業参入を認められたアイピーモバイルはいまだサービス開始時期が決まっていない(関連記事3関連記事4)。

 さらに携帯電話のビジネス自体も,大きく変わろうとしている。販売奨励金など携帯電話の販売モデルを巡り,総務省は「モバイルビジネス研究会」を開催。それらの見直しを進めている(関連記事5関連記事6関連記事7関連記事8)。そんな中で,イー・モバイルは第4の携帯電話事業者として,ほぼ総務省に提出した計画通りにサービス開始にこぎつけた。

新端末「EM・ONE」で勝負をかける

写真2 シャープと米マイクロソフトの協力により開発された無線データ通信機能付きPDA「EM・ONE」
写真2 シャープと米マイクロソフトの協力により開発された無線データ通信機能付きPDA「EM・ONE」
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 イー・モバイルのサービス発表会で,千本CEOが大半の時間を費やして説明したのが新端末「EM・ONE」(エム・ワン)だ。EM・ONEはシャープと米マイクロソフトの協力により開発された無線データ通信機能付きPDA(携帯情報端末)である(写真2)。

 EM・ONEの仕様はかなり充実している。この仕様を生かす環境こそが「EMモバイルブロードバンド」である。下り最大3.6Mビット/秒のデータ通信サービスを,携帯電話事業者のパソコン/PDA向け料金としては初となる月額完全定額制で提供。月5980円という定額料金は他の携帯電話事業者は言うに及ばず,PHS事業者であるウィルコムのパソコン/PDA向けデータ通信サービスよりも安価だ。

 EM・ONEの充実ぶりは,ざっと仕様をみただけでも伺える。通信機能はHSDPAだけでなく,無線LANの規格であるIEEE 802.11b/gにも対応。地上デジタル放送のワンセグの視聴も可能だ。OSはWindows Mobile 5.0を採用し,3次元グラフィックス技術に強みを持つベンチャー企業のヤッパと共同開発したアプリケーション・ランチャーも搭載。コンテンツ閲覧などの操作性を高めた。

 さらにハードウエアのスペックも高い。液晶ディスプレイは4.1型のワイドVGA。主記憶容量(メモリー)は512Mバイト。処理性能の向上のため,CPUだけでなく米NVIDIA製のグラフィックス処理チップ「GoForce 5500」を搭載する。少し前のハイエンド・パソコン並みのスペックだ。それにもかかわらず本体の厚さはキーボード付きで18.9mm。携帯情報端末としてはかなり薄型だ。

当初のサービス・エリアは東名阪,基地局展開では優位な点も

 こうした戦略商品を掲げて船出したイー・モバイルだが,同社が月額定額料金を打ち出したことに対する他の携帯電話事業者の反応は今のところ様子見。NTTドコモは「定額制は検討したいがトラフィックがひっ迫する可能性があり,慎重な判断が必要」と説明。KDDIは「(パソコンなどと組み合わせるのではなく)携帯電話だけでできることに力を入れている」と語り,定額制の対象としてはあくまでも携帯電話にこだわる。ソフトバンクモバイルは「定額は未定。ユーザーの動向を見て判断したい」とする。

 またパソコン/PDA向けデータ通信で既に月額定額制を導入しているPHS事業者のウィルコムは「当初の(イー・モバイルの)サービス・エリアは限定的。セル構成も違う。現段階での影響は未定」と語る。

 実際,イー・モバイルのサービス・エリアは,3月31日のサービス開始当初は東京23区,名古屋市と愛知県清須市の一部,大阪市,守口市,門真市,豊中市と吹田市の一部,京都市の一部となる。1月20日時点の総務省のデータによると,イー・モバイルの基地局数は東名阪および仙台市内の1032局(参考サイト)。「3月以降かなりの数の基地局の工事が進む」と工事関係者は証言するものの,サービス開始当初のエリアが限定的という指摘はその通り。今後の基地局展開次第で,ユーザーの評価は大きく変わる。

 ただし基地局展開では,イー・モバイルが他事業者と比べて優位に立てる点がある。当初から最新の小型基地局を採用できる点だ。基地局が小型化することで「これまでNTTドコモなどが対象としていなかった細長いビルも設置対象となる」と工事関係者は語る。基地局を多くの事業者に提供している日本エリクソンの藤岡雅宣・エリクソン北東アジアCTO(最高技術責任者)は一般論として,「小型化することで基地局自体のコストは下がる。また,基地局をビルの屋上に上げるのにクレーンではなくエレベーターで運べるし,耐震対策なども安価にできる」という。

今後の基地局展開に課題も

 ただし,イー・モバイルの基地局展開に不安な点がないわけではない。ある関係者は「基地局が小型化しても,置局コストがドラスティックに下がっているとは聞かない」と説明。また,小型基地局の採用を進めているのは,既存事業者も同じで,各事業者間で「場所の奪い合い」(工事関係者)が常態化しているという。

 ある工事関係者は基地局を設置するビルの賃料について次のように説明する。「イー・モバイルがビル・オーナーに支払う賃料は安いが,NTTドコモはかなり高額。設置面積などの違いも関係するが,ドコモはイー・モバイルの倍近い賃料を提示している。ビル・オーナーは高い方になびく」。

ローミングは2010年10月までの時限措置

 イー・モバイルは2008年に開始予定の音声サービスでは,当初からNTTドコモとのローミングによってサービス・エリアを全国に確保できる(関連記事9)。ただしローミング対象の周波数は2GHz帯。NTTドコモが800MHz帯を使って展開している第3世代携帯電話のサービス・エリア「FOMAプラスエリア」はローミングの対象外だ。そのため全国展開できるとはいえ,イー・モバイルがエリア展開できるのは2GHz帯の基地局設置が進んでいる人口密集地に偏ってしまう。

 また,関係者によるとNTTドコモとのローミングの料金はまだ決まっていないという。音声サービスの料金はローミングの料金とも密接に関連する。そのため,「EMモバイルブロードバンド」のような完全月額定額制といった大胆な料金プランを音声サービスで打ち出すのは難しそうだ。

 さらにNTTドコモとのローミングは,2010年10月までの時限措置。それまでにはイーモバイル自身で基地局を全国に設置してサービス・エリアを広げなければならない。そのためにも当初から売り上げが立つデータ通信市場でのユーザー獲得は欠かせない。イー・モバイルの事業の成否は,EM・ONEによってどれだけ多くのユーザーを獲得できるかにかかっている。

●日経コミュニケーション編集部より EM・ONEのグラフィクス処理チップについて,記事掲載時には「GeForce 5500」と表記しておりましたが,「GoForce 5500」の誤りでした。お詫びして訂正いたします。2007.03.05