6回に渡って問題解決の流れとポイントを解説してきた。最終回では,案件の受注を左右する顧客企業へのプレゼンテーション手法を解説する。「必然性」,「効用」,「実現可能性」という提言メッセージの組み立て方を学ぶ。

土井 哲/インヴィニオ 代表取締役

 問題解決のステップは通常,(1)問題の認識→(2)重要問題の特定→(3)問題の構造分析→(4)改善目標の設定→(5)解決策の立案→(6)計画と実行→(7)効果の評価と軌道修正→という順に進む。前回は(6)の計画と実行ステップで,顧客企業(クライアント)の現場を動かすことが可能な計画の立て方をまず解説した。さらに,(7)効果の評価と軌道修正についても簡単に触れた。

 最終回は(6)の計画と実行に戻り,計画を立てたあとに行う,顧客企業の経営層への提案について詳しく解説する。顧客企業全体を組織的に動かすためには経営層を説得しなければならない。ここで,システム案件を受注できるかどうかが決まるので,非常に重要である。

 経営層へのプレゼンテーションでは,問題を問題として認識してもらい,問題発生のメカニズムを理解させ,解決策を提示する。その解決策にどうITを絡めるかも大切だ。

 これまで機械メーカーX社の在庫問題について調べ,解決策を考えてきたシステム・インテグレータのSE麻田君。いよいよX社の役員と経理部長にプレゼンテーションを行うことになった。どのような形で資料をまとめるのが効果的なのか,顧客企業を納得させるプレゼンテーション資料の作り方に焦点を当てる。

事前準備で出席者を確認

 顧客の問題解決に向けて順調にステップを踏んできた麻田君はある日,上司の悠木部長に呼び止められた。

部長:麻田君,プレゼンテーションの日程は決まったかい?

麻田:部長,来月15日の経営会議で1時間ほど発表の時間をもらうことになりました。

部長:いよいよだね。

麻田:本格的なプレゼンテーションをするのは今回が初めてです。どう準備すればよいのでしょうか。

部長:まず,誰に何を訴えたいのかをはっきりさせることだ。参加者は誰かな?

麻田:役員の方々と聞いています。

部長:それじゃだめだ。麻田君は何を提案したいんだね?

麻田:在庫削減のために需要予測システムを導入し,需要予測から出荷までの流れを大幅に変えることです。

部長:そうだろう。だとすれば,プロセスにかかわる役員やシステム担当の役員が出席していなければ困る。大きな意思決定をしてもらわなくてはならないのだから,意思決定権者がその場にいなくては意味がない!

 プレゼンテーションとは何だろうか。もともとプレゼンテーションとは,聞き手に知らせたいこと,あるいは聞き手が知りたいと思っていることを,簡潔に分かりやすく提供することである。

 プレゼンテーション成功の秘訣の第一は,ゴールのイメージを明確にすることだ。(1)誰を聞き手として設定し,(2)プレゼンテーションの終了後に聞き手にどのような状態になってほしいのか――これを明確に設定することが大切である。

 (1)が明確になっていないと,本来の相手ではない人に聞かせることになりがちだ。相手は「何で私がこれを聞かなくてはならないのだろう」と思う一方で,こちら側にとっても,再度説明の機会を作るため時間の無駄が発生する。

 (2)がはっきりしていなくては,内容が散漫になり,終わったあとで聞き手が何をしたらよいのか分からない,ということになりがちだ。というのも(2)の設定の仕方いかんで,プレゼンテーションの中身も変わってくるからだ。例えば,新製品を紹介するプレゼンテーションを行うときに,終了後に新製品についてただ興味を持ってもらえばよしとするのか。そうではなく新製品の購入の決断をしてもらうのか。ゴールの設定の仕方で話すべき内容は当然変わってくる。

コンテンツとデリバリーで構成

部長:プレゼンテーションはどのくらいの長さにするつもりかね。何を言いたいか明確になっているかい?

麻田:全体で1時間頂いていますので,45分くらいをプレゼンテーションにあて,残りの15分は質疑応答時間にあてようと思っています。

部長:それはあまり感心しないな。僕の経験から言えば,聞き手の集中力が持続するのはせいぜい20分だ。だから,その中で言いたいことを伝えてしまう必要がある。プレゼンは20分。40分は質疑応答に使おう。

麻田:たった20分ですか?

部長:そうだ。20分内に収めるとすれば,テーマを絞り込まないと,ムリだ。何を訴える?

麻田:いろいろ伝えたいことはあります。競合Y社と比較して,X社の在庫の水準が実に8倍であること,それに需要予測チームの予測とは別に生産部門が独自に生産計画を立てていること,それに…。

部長:待て待て。いろいろ調べて,情報や分析結果が豊富に手元にあると,どうしても「せっかくの機会だから,すべて話そう」と思ってしまいがちだ。確かに,麻田君が今言ったことは,プレゼンテーションの中で触れるべき重要なメッセージだが,それらを通じて最終的に言いたいキーメッセージは何か,これを突き詰める必要がある。

 図1をごらん頂きたい。プレゼンテーションは大きく分ければ2つの要素から成り立っている。どのような内容を提供するのかという「コンテンツ」と,その内容をどのように伝えるのかという「デリバリー」である。コンテンツはさらに2つに分けられる。どのようなストーリーを聞かせるのかという問題と,いかに納得感を高めるためにビジュアル面で工夫するのかという問題である。

図1●プレゼンテーションの構成要素
図1●プレゼンテーションの構成要素

 ぐっと内容が詰まったコンテンツを作るにはどうしたらよいだろうか。私は,初心者は図2のような流れで作業することをお薦めしたい。

図2●コンテンツ作成の流れ
図2●コンテンツ作成の流れ
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 まず,メッセージを明確化する。先ほど悠木部長が麻田君に言っていた通りで,20分の間に何を伝えたいのか,をはっきりさせる。なぜこれが重要かというと,自分の目的意識を明確にするという意味ももちろんあるが,このキーメッセージをどのように設定するかで,実は論理の組み立て方が違ってくるからだ。

 人に何かを訴えようとするとき,その内容はおよそ4つのタイプに分かれる(図3)。

図3●メッセージの4つのタイプ
図3●メッセージの4つのタイプ

 第1は単に事実を伝えるタイプのメッセージであり,ここでは「事実メッセージ」と呼ぶ。第2のタイプは何らかの事柄に対して,あなたの考えや意見を表明する「評価メッセージ」,第3のタイプは第三者に対して何らかのアクションをとることを促す「提言メッセージ」,第4のタイプは自分の心の底にある希望や要望を表す「希望メッセージ」と呼ぶことにする。

 プレゼンテーション全体を通じて,どのタイプのメッセージを伝えるかで,論理の組み方は違う。事実メッセージの論証は簡単で,帰納法や演繹法で論証すればよい(図4)。

図4●事実メッセージと評価メッセージの論証の仕方
図4●事実メッセージと評価メッセージの論証の仕方
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 しかし,評価メッセージになると途端に難しくなる。「優秀な学生」ということを証明しようと思っても,「優秀」な学生とはどのような学生なのかについては,人によって考え方が違うからである。一方,優秀な学生とはこういうものだ,という普遍的な定義があるわけではない。従って,話し手と聞き手の間で「優秀」に関する定義が合意されていればよい。図4のように,優秀な学生の定義について合意が形成されたのであれば,あとはその定義に従ってMECE(ミーシー:ダブリも漏れもない)に証拠を並べればよいのである。