米Microsoftのマーケティング・スローガンによれば,Windows Vistaは「People Ready」のOSだという。これはどう意味で,何に対して「People Ready」なのだろう。Windows Vistaの長い開発期間を考えれば,人やコンピュータに対して「Ready(準備が整っている)」であるのは当然だろう。しかしより重要なのは,Windows Vistaが「IT-Ready(システム部門にとって準備が整っている)」か否かということだ。

XPのリリース時より大幅に改善

 実はWindows Vistaは,Windows XPが2001年にリリースされた時よりもずっと,システム部門に配慮されている。Windows XPのリリース時には,Windows XPを導入するためのツールや,システム管理者向けのガイドが存在しなかった。また,Windows XP用のアプリケーション互換性ツールは,後から付け足されたものである。Microsoftのセキュリティに対する思想が変わったのも,Windows XPのリリースからかなり後のことであるし,セキュリティ強化機能がWindows XPに組み込まれたのは,2004年夏にリリースされたWindows XP Service Pack 2(SP2)からであった。

 しかし,Windows XPにこれだけ欠点があったにもかかわらず,市場はWindows XPを待ち望んでおり「Windows MeやWindows 95で十分だ」などと言う人はほとんどいなかった。

 Windows Vistaでは,状況が大きく変化した。Windows Vistaを導入するための総合的なツール群やガイドは,製品リリースの何カ月も前から公開されていた。代表的なツールが,「Business Desktop Deployment 2007」である。アプリケーション互換性ツールである「Microsoft Application Compatibility Toolkit(ACT) 5.0」も,既に公開されている。

 MicrosoftはACTを提供するだけでなく,「SoftGrid」によるアプリケーション互換性の解決にも力を入れている。MicrosoftはSoftGridを次のように説明している。「アプリケーション,アップグレード,そしてパッチの導入時に通常必要になるアプリケーション互換性テストの分量を大幅に減らせる,アプリケーション仮想化のためのテクノロジ。アプリケーションは集中的に提供され,ユーザーのデスクトップに単一の仮想化イメージとして配信される。結果としてアプリケーションに関連するオペレーティング・システムへの変更が最低限で済み,他のアプリケーションとの互換性の問題も最小限に抑えられる」(詳細については,SoftGridの資料を参照していただきたい)。

 そしてご存じの通り,セキュリティはWindows Vistaにとって最も重要な問題であり,MicrosoftはWindows Vistaのことを「これまでで最もセキュアなOS」と呼んでいる。

 しかし,多くのシステム管理者が「自分の組織のパソコンを,すぐにはWindows Vistaに移行しない」と言っているのが現状だ。ACTやSoftGridが利用できるようになったものの,アプリケーションの互換性やドライバの互換性,ハードウエアをアップグレードする必要性などが,問題になっている。また多くの組織が,Windows XPのことを「十分使える」と見なしている。

 ある読者からこんな話を聞いたことがある。「Microsoftは,Windows Vistaの方が保守コストを低く抑えられると言っているけれど,その差はわずかであると自ら認めている。エンドユーザーの再トレーニングのことを考えると,その差は無いに等しいだろう。古いアプリケーションを新しいOSに移行するコストに関しては言うまでもない。削減分の元が取れるのは,次のOSに移行するころになるだろう。Windows XPのリプレースは,ハードウエアの交換サイクルに合わせて行う予定だ」

システム管理者にもっとアピールを

 それでは,Windows Vistaは「IT-ready」なのだろうか。この質問の答えははっきりしない。先に挙げた読者のコメントが興味深い事実を示していると思う。Microsoftの関係者は,Windows Vistaを企業システムに導入するために必要なことをすべて行ったと信じているようだ。導入ツールやアプリケーション互換性ツールは用意したし,セキュリティも配慮した。

 さらにMicrosoftは,ユーザーがWindows XPで満足しているにもかかわらず,Windows Vistaの長所をじっくりと説明する気もないようだ。なぜなら,ユーザーはいずれハードウエアを買い換えるはずであり,そのときには必ずWindows Vistaが導入されるだろうと思っているからだ。

 それでも筆者は,「システム部門が当然Windows Vistaを導入するだろう」というMicrosoftの判断は,思慮が足りないと感じている。ハードウエアのアップグレード・サイクルは,実際にはどの程度のものなのだろうか。2年後には,MicrosoftはWindows Vistaの後継バージョンである「Viennna」という開発コード名の,新しいWindowsをリリースする予定だ。Viennaでは,Office 2007の「リボンUI(ユーザー・インターフェース)」を開発した設計チームが,UIを一新することだろう。ユーザーはリボンUIの学習曲線を考慮しながら,Windows Vistaにするか,Viennaを待つか考えるかもしれない。

 またもう1つ考えるべきことがある。現在の企業クライアントの主流はWindows XPだが,つい1年ほど前までは,その座はWindows 2000が占めていた。システム部門がWindows XPを導入するまで5年も待ったことを考えると,Windows Vistaをスキップする組織が多くても不思議ではない。

 筆者は,Windows Vistaを否定するつもりはない。筆者はWindows Vistaを使用していて,とても気に入っている。筆者が疑問に思っているのは,かつてOfficeグループの責任者だったSenior Vice PresidentのSteven Sinofsky氏が率いるMicrosoftのWinodwsグループが,システム管理者が直面している不安を本当に理解しているかどうかである。

 Sinofsky氏がWindowsグループを統括することになった理由(Windows Vistaの出荷が大幅に遅れたこと)を考えると,Viennaは恐らくスケジュール通りに出荷されるのだろう。しかしSinofsky氏は,システム管理者がWindows Vistaを選択する真の動機づけに成功できるだろうか。Microsoftが「ハードウエアの更新にともなって,企業システムにもWindows Vistaが導入される」と安心していないか,今は不安に感じているのである。