エンパワー・ネットワーク
プリンシパル
池田 輝久

相手に自分の思ったことを効果的に伝える「コミュニケーション・スキル」は極めて重要である。コミュニケーション・スキルを鍛えないと,ビジネスでの成功はおぼつかない。知識があっても,その価値を伝えられなければ意味がない。筆者はコミュニケーション能力を高める第一歩として,誠実さ,忍耐強さ,積極性,勇気に焦点を絞ってスキルアップすべきと語る。コミュニケーションの上手な人をまねたり,場数を踏むことの重要さを指摘する。



 “コミュニケーション”は,日常ごく普通に使っている言葉だ。しかし,コミュニケーションがきちんとできるビジネスパーソンはそう多くない。そのことは,ビジネススキル研修の依頼を受けたときに要望される項目に,“コミュニケーション”がよく登場することでもわかる。

 相手に自分の思ったことを効果的に伝えて,自分の目的を達成するという力「コミュニケーション・スキル」がなくては,ビジネスを進めることなどできるはずがない。お客に接するSEや営業は,「お客に伝えてこそ…」の仕事だ。「うちの社員はコミュニケーションが下手で」,「私はコミュニケーションが苦手で」といっているうちは解決できない。

 コミュニケーションとは何かを正しく理解し,現場のSEや営業をコミュニケーションの名人にしなければ,ビジネスの勝利にはつながらない。

仕事にならない

 IT業界の仕事は,一人だけでは遂行できない。お客への売り込みは,自社のSEとチームを組むことが欠かせないし,場合によっては上司や関連部門を巻き込まなければならない。お客の担当者や決定権を持った人たちと接触しなければ仕事にならない。

 ITビジネスはその規模や重要性から,カタログを見せるだけでは商談は進まないし,商談に必要な時間は少なくとも数カ月に及ぶ。そのうえITほど問題に悩まされる業界もないだろう。システムはたびたびトラブルに見舞われる。ハードやソフト,業務プログラム,ネットワーク,運用のミスなど,よくもこんなに問題が次から次へと起こるものだと思うくらいである。

 これらの過程のなかで最も時間を費やすのが対人コミュニケーションである。どんなに多くの知識があっても,どれだけ深い知識があっても,相手にその価値を伝えることができなければ何にもならない。経営者やマネジメント層は,「持っている知識ではなく,相手に伝えた内容で評価する」ということを,肝に銘じなければならない。

それは誤解です

 ほとんどの人たちにとって,コミュニケーション・スキルとは「会話の能力」と同じ意味である。それは,「…は話が上手だ」,「…は話が下手だ」という表現によく表われている。しかし,会話の能力とは違うというのが筆者の主張である。

 一般に経営者はマネジメント層より,マネジメント層は一般社員より,営業はSEよりも話が上手な人が多いので,コミュニケーション・スキルが高いことになる。確かに,経営者はマネジメント層や一般社員のだれよりもコミュニケーション・スキルが高いだろう。

 でも話が上手という表現は適切ではない。講演を聞いても,社内でのスピーチでも,会議室での面談でも,経営者のコミュニケーション・スキルの高さには驚かされることが多い。経営者の話が魅力的で迫力があり,ついつい引き込まれてしまう。

 彼ら彼女らの話は,テーマの大胆さ,知識の豊かさ,経験からくる迫力,人情味,真剣な姿勢といったものから構成されており,どの点をとってみても身を乗り出して聞き入るだけの迫力を持っている。その根底には,経営者の人格や考え方があるはずだ。その魅力は「話が上手か」とは別ものである。それこそが,コミュニケーション・スキルの大切な要素なのである。

 しかし,そのような経営者の多くも,困ったことにコミュニケーション・スキルとは会話の能力だと考えている。この誤解がさまざまな弊害をまき起こす。以下では,その弊害を具体的にみていこう。

●SEから営業にはなれない:営業は話上手でなければいけないとの思い込みがある。SEは話し上手ではないので,優秀な営業にはなれないと決めつけている人が多い。

●話上手を優秀だと勘違いする:話が上手な人は仕事ができそうである。最も注意しなければいけないのは採用のときである。米GE(ゼネラル・エレクトリック)前会長のジャック・ウェルチ氏でさえ,「よくやった過ちは,人を外見で判断したことだ。営業部門では見てくれがよく,弁舌さわやかな人材を採用した。しかし,優れた者もいれば,中身が空っぽな者もいた」と語っている。