エンパワー・ネットワーク
プリンシパル
池田 輝久

「愛社精神」は,SEや営業に欠かせない重要なビジネススキルだと,筆者は断言する。愛社精神を古臭いと考え,一般社員だけではなく,マネジメント層までが愛社精神を持ち合わせていない状況に危機感を募らせる。自分の会社,売り込む製品やサービスを誇る気持ちがないのに,お客に対して素晴らしい営業活動を展開することができるわけがないと断じる。経営者やマネジメント,SE,営業が一体となって「愛社精神」復活に挑戦しようと訴える。



 「愛社精神」という言葉は,もはや死語になった感がある。大企業では大規模なリストラが普通となり,転職はごく当たり前。日本も欧米化し,グローバルの常識に近づいてきたともいえる。いまや,社員が会社に対してロイヤリティを持つことは誇らしいことではなくなり,社長からも「就社するのではなく,自分の専門技術を磨いてほしい」といった言葉が出るほどだ。

 しかし,筆者はこうした状況に大きな疑問を抱いている。自分の勤めている会社や,その会社で扱っている製品やサービス,ソリューションに対する愛情(最高だと誇る気持ち)がなくて,お客に向けて素晴らしい営業活動を展開できるのだろうか。筆者は「愛社精神」がなければ,素晴らしい営業活動はできないと確信している。経営者やマネジメント,SE,営業が一体となって,「愛社精神」の復活に挑戦しようではないか。

よみがえれ! 愛社精神

 サッカーのワールドカップは,私たちに大きな感動を与えてくれた。大会前にはこれほど全国民が熱狂するとは想像していなかった。始まってみると,多くの“にわか”サッカーファンや評論家が出現した。日本戦の視聴率が60%を超えたのは驚異的だった。国の代表が他国の代表と戦い,試合前には国歌が演奏され,選手たちも国歌を歌い,サポーターは国旗を打ち振り応援を繰り広げる。

 ではなぜ,ワールドカップはこれほど盛り上がるのだろうか。例えばブラジルのある選手は貧しい土地の出身で,そこでの英雄である。彼がサッカーを頑張れるのは,出身地の人々の熱い応援が支えてくれるからだ。彼自身も,自分を支えてくれた人たちのために頑張りたいと強く思うからである。アルゼンチンの選手は,今回のワールドカップには決死の覚悟で挑んできた。結局は予選で敗れてしまい,選手たちは涙を流しながらピッチを去った。彼らは知っていたのだ。自分たちの活躍が,どれほど経済不況にあえぐアルゼンチン国民に勇気や希望を与えるかを。

 ブラジルやアルゼンチンの選手にとって,サッカーはただのスポーツ以上の意味があった。だから必死にプレーし,勝ち負けにこだわり,代表として戦うことを人生最大の誇りに思う。

 欧州のように移民の多い国々の選手も事情は変わらない。やはり国の代表になるということは最大の誇りであり,経験であり,価値であり,自分を高める(アピールする)最大のチャンスになるのだ。

 こういった選手たちが一堂に集まり戦うからこそ,ワールドカップは人々を熱狂させ,感動させる。私たちもワールドカップの選手と同様に,ビジネスのプロフェッショナルであることを忘れてはならない。

劣化が著しい

 愛社精神がなくなってきていると感じていたが,筆者が仕事で使っている『ビジネススキルCHECK』と呼ぶ診断テストの結果には驚かされた。一般社員だけではなく,マネジメントの人たちも愛社精神を失っているのだ。

 一部の経営者の方々は,「自分も愛社精神は強くないし,社員にもそれは望まない」,「自分に与えられた目標をきちんと達成してくれればいい」と胸を張っておっしゃる。愛社精神などは,極めて古い考え方で,米国ではそんなものは要求しないと言われる。しかし,本当にそうだろうか。

 筆者はIBMやオラクルといった外資系の会社に長く勤務した。IBMやオラクルの本社の社員は,代表的な米国人と言ってよいだろう。彼らには愛社精神などなく,個人の専門性で生きており,転職など日常茶飯事だと思われるだろう。

 全くその通りだ。しかし,驚いたことに彼らは,会社で働いている間はその会社が最高だと表現する。彼らが在籍中に会社の悪口を言ったり,グチっぽい話ばかりするのを聞いた記憶はない。逆に,この会社は最高だと言っていた人が急にいなくなり,新しい会社に就職すると,今度はその会社が世界一だと広言するのはよく経験した。

 一方,日本人は日ごろから会社への不平不満をよく口にするし,会社は好きではない,経営陣や上司は尊敬できないという会話も日常的だ。でも,いま勤めている会社を辞めたいとは思っていない。つまり,「勤めている会社はとんでもないが,できれば今後もずっと勤めたいし,昇進したい」と考えている。

 それは,『ビジネススキルCHECK』の結果でも明白である。筆者は,社員(特にベテラン社員)が仲間や後輩に会社を悪く言っている場面に遭遇すると,彼に会社の“良いと思う点(Good)”と“悪いと思う点(Bad)”のすべてをホワイトボードに書かせることにしている。そして,“Bad”ばかりで“Good”がほとんどない場合は,「辞表を持ってきなさい」と言って退社を勧める。

 良いと評価できない会社に勤めていることは,彼にとっても会社にとっても不幸である。また,先輩が後輩に“悪い会社”という印象をまき散らしていては,会社の活性化などできない。

営業活動と密接な関係

 愛社精神と営業活動とは関係ないとおっしゃるかもしれないが,筆者はそう思わない。愛社精神の有無は営業活動がうまくいくかどうかを大きく左右する。SEや営業は,自社の製品やサービス,ソリューションを携えてお客に売り込みに行く。お客がそれらに価値を見いだすかは,売り手であるSEや営業のスキルにかかっている。彼らは,ビジネススキルを駆使してお客に製品やサービスを売り込む。

 その際に,最後の決め手になるのは熱意だ。そして,熱意を支えるものの一つが愛社精神である。「うちの会社はこんなにつまらないのですが,お取引されませんか」などとお客に言う人はいないだろう。「うちの会社はこんなに素晴らしいので,お取引されませんか」と訴えるはずだ。

 自社の素晴らしさをお客に伝えるのは簡単そうだが,実はとても難しい。具体的で,わかりやすくて,説得力を持ったものでなければならない。製品やサービス,ソリューションの機能や性能,開発・サポート体制,経営者や社員の考えや姿勢などを語ることになるだろう。また,実例やお客の声などについても触れるだろう。それらの一つひとつが説得力を持った迫力のあるものであるためには,売り手であるSEや営業が会社を信じ込んでいることが欠かせない。

 自分が「素晴らしい」,「最高だ」と信じていないものを,お客に接したときにだけ要領よく「素晴らしいですよ」,「最高ですよ」と言ったところで通じるはずがない。お客に,最高で素晴らしいものだと売り込むには,自分が信じることが最も大切なことである。