熱心なITエンジニアの中には,「7つの習慣」などのいわゆる自己啓発書を読んでいらっしゃる方が多いかと思います。

 ところが自己啓発書の中身を見るとどうでしょうか。紙の上に踊るのは,「モチベーションを高めよ」,「自己を鼓舞せよ」といった文字ばかり。「何が必要かということくらいは分かっている。それがなかなかできないから困っているのだ」と言いたくなる方も多いことでしょう。

 特に疲れ気味の時はネガティブ思考に陥りがちです。こんな時に「モチベーションを高めないといけない」などと言われても,「モチベーションが高くない私はいけないのか」と解釈してしまい,なおさら落ち込むという人も少なくないと思います。打ち明けますと,私はまさにその典型例でした。

 私は取材を通していわゆる「成功者」,あるいは「モチベーションが高く数々の成果を挙げている優秀な社員」と呼ばれる方々にお会いしてきました。そこで気がついたことですが,それらの方々は(失礼ながら)欠点とも見える自分の特徴を,「それは自分の大きな魅力である」とポジティブにとらえています。

 恐れながら正直に私の感想を言いますと「なるほどそんなに自分のことを賞賛していいのか。だったら私も自分のことをもっと気軽に褒めていいのだろうな」と妙に安心した記憶があります。別にその魅力度について他人に“採点”されることはないのですから,どんどん自分を褒めて元気になればいいのでしょう。

 当然,自分を褒めると言っても,比較と優劣を是とする社会的な環境が,ポジティブにとらえることをしばしば邪魔します。ですから,彼彼女らの心の中で視点を「ネガティブからポジティブに変えること」に相当苦労したはずです。安心するとともに,私は尊敬もしました。

 「プロジェクトに失敗して閑職に追いやられた」といったネガティブな出来事も,後々自分にプラスになっていたことが分かった――。このようなことは,特に人生の諸先輩方にとっては言わずもがな,の“事実”かもしれません。「暇な部署でゆっくり体を休めることができたし,じっくり勉強できて次のステップにつながった」ということは往々にしてあることです。

 過去の嫌な出来事,いま自分が直面している嫌なことを取り上げ,これまでとは違った視点からの観察を意識的に試み,その意味を探る。「神経言語プログラミング(NLP)」ではこうしたアプローチを「リフレーミング」と言います。NLPは心理学や脳神経科学を心理療法やビジネスパーソンの能力開発に応用する手法です。IT分野では,プロジェクトのチーム・ビルディングなどに使われ始めています。

 「祭りのように仕事をしよう」。「ビジネスは映画だ」。人材教育・コンサルティング会社エンパワー・ネットワークの池田輝久さんは,普段の仕事をそんな「違った視点」から見て,仕事の意味や価値を訴えています。池田さんは以前,日経コンピュータに「ビジネススキルであなたは変わる」を連載。元気が出るエッセンスが詰まっており,今でも変わらない魅力を持っています。本日から,ITpro姉妹サイトEnterprise Platformで再掲しました。

 ただその連載が放つエネルギーを得るには,少しだけ「消化・吸収するための体力」が必要です。消耗気味の方は,ぜひNLPのリフレーミングで少し元気になってから,この連載を読んでいただければと思います。池田さんの「脂っこいスキル論」は心地よい刺激になるはずです。そして近い将来,祭りのように仕事ができるようになるかもしれません。

 最後に,元外交官である佐藤優さんの著書「獄中記」の一部をご紹介しましょう。リフレーミングの好例です。

 『以前の手紙にも書きましたが,拘置所内での生活は,中世の修道院のようです。中世の修道院や大学では,書籍は一冊しか所持することが認められず,それを完全に習得するか,書き写した後に次の本を与えられるシステムだったそうです。拘置所もそれにかなり近いところがあります。私本については三冊しか房内所持が認められていません。大学時代より常に1000冊以上の本に囲まれて生活してきた私にとって,いちばん苦痛なことは自由な読書ができなくなることと思っていましたが,案外,現在の環境で,少数の本を深く読む生活も気に入っています。以前差し入れていただいたヘーゲルの「精神現象学」も二回通読し,これから研究ノートを作ろうとしているところです。外でならば,半年集中してようやく出来るかどうかという作業が,一カ月足らずに短縮できるのですから,拘置所生活にもそれなりの効用があります。』

――佐藤優著「獄中記」(岩波書店)40ページ~41ページより抜粋