エンパワー・ネットワーク
プリンシパル
池田 輝久

減点主義から得点主義への変革が叫ばれている。失敗を恐れずにどんどん攻めていこうということである。この言葉はいささか精神論めいて聞こえてくる。しかし,攻めることなしに得点することはできない。今こそ,減点主義を撲滅して,一人ひとりが計画を立て,目標をコミットメントし,それを見事に達成することを競い合うという理想を実現しなければならない。経営者やマネジャは得点主義への変革をリードする責任がある。



 日本は1960年代から約30年,世界で類のない継続的な成長を成し遂げた。その安定した高度成長は未曾有の経済的な繁栄をもたらし,その一方で,硬直化した組織社会を作り出した。就職希望ランキングの上位を占めるのは,常に大企業であった。その会社に就職できれば,より多い収入が安定して保証されており,知人の中で鼻が高く,運が良ければ役員という雲の上の存在にもなれるかもしれなかった。

 安定した,継続的な組織社会では,今まで築いてきたことをより発展させることが企業の使命であり,危険を冒して新しい挑戦をすることは望まれてはいない。新しい冒険に立ち向かわないのだから,必然的に失敗することは少ない。

 得点を多くあげられないゲームでは,失点をしないことこそが勝利への道となる。ハーバード・ビジネス・スクールのクレイトン・クリステンセン氏が『イノベーションのジレンマ』の中で次のように指摘している。「安定成長をしている大会社には学歴の高い優秀な社員が集まってくる。彼らは継続的な成長に全力を挙げるが,マーケットに新しく起こる小さな変化には目を向けない。結果として,新しい破壊的な技術に駆逐されることになる」。

 我々日本人は農耕民族である。ユーラシアの巨大な大陸の端に位置し,四方を海に囲まれた小さな島国に暮らしている。そのせいかどうか,周りの目を強く意識してしまう。それも,失敗したらどうしよう,言った通りにならなかったらどうしよう,恥をかきたくない,といった非常に後ろ向きのもの,つまりは減点主義である。

 減点主義が蔓延した会社は悲劇的と言える。ゴールに向かってシュートする選手のいないサッカー・チームのようなものだ。シュートをすれば,外れることも当然起こる。いや,外れることのほうが多いに決まっている。監督の評価方針が減点主義であるなら,シュートはしないほうがいい。

 ボールをもらったら,別の選手にパスをしたほうがいい。パスを受けた選手もなかなかシュートはしないだろう。ビジネスの世界で失敗をしない最良の方法は提案をしないことである。

評価される側の心理を考える

 「結果を恐れずに前向きに挑戦しよう」,「変化はチャンスだ」といった経営トップのスローガンをよく耳にする。その言葉を聞いて理解できない社員はいない。しかし,その通りに行動できる社員は極めて少ない。その矛盾を解くためには社員の立場で考えてみることが必要である。

 彼らは当然,積極的に前向きに挑戦したい,自分の今までの力以上の成果をあげたいと思っている。成功を勝ち得て,周りから称賛されている自分の姿を想像して,「やってやるぞ」と一度は思うだろう。

 しかしその後,彼らは考える。「もし,うまくいかなかったらどうなるのだろう」と。減点主義の厳しさを数多く目にしてきた彼らにとって,うまくいかなかった場合に自分の身に降りかかるであろう責任の重圧は,非常にリアルに頭の中を駆け巡る。

 どう考えても,挑戦した結果として,素晴らしい人生を手に入れた人より,うまくいかず悲惨な目にあった人のほうが圧倒的に多いではないか。しかも,失意の人が身近にいて,話を聞いてあげて同情した経験もある。ここまでくれば,結論は明確だ。挑戦しないほうが良いし,挑戦してはいけない,損だということになる。

 経営者やマネジャは,こうした状況を打破し,彼らが率先して挑戦するモードを作り出すことを考えたい。ここでは,減点主義から得点主義へと変革するための四つのヒントを説明する。